第50話 ぴゃーの効果

 水晶の欠けていた部分が収まり、つなぎ目のヒビのようなものも消え、透明な両錐が出来上がる。と、同時にアリナたちの姿が消える。


 ――追い出されたようじゃの。


「ぴゃー?」

「後でゆで卵をくれてやるから大人しくしておれ」


 女神の力のカケラ、女神を表す透明な水晶の前に立つ。眺めていたのは寸の間、もう一度水焔を抜いて真っ二つに斬る。


 二つに切り割られた水晶は、自ずと砕け、細かな光となって水焔を包む。『水焔』はその名の通り水のように透明で、その透明な刃に薄青い焔が立つように見える剣。


 女神の力を取り込んでも、シャトの持つ勇者の剣のように目立ちはせぬ。


 儂が女神に望んだのはシャトの救出。約束の時、女神は待つように言った。


『希望を叶えるのは魔王の気配が世界から薄れ、女神の力が満ちる時に』と。

『そなたの髪が真白ましろに染まる時を、その時としよう』と。

『勇者がいるのは魔王の地、直接望みは叶えられないが、その地に至る力を与えよう』と。


 だからこうして魔王討伐の旅をなぞる。女神の遺した力を集め、魔王の地へと至るために。まあ、ついでのように女神から面倒な頼み事もされたが。


「おっと、ぐずぐずしておるとマリウスになんぞ言われるな」

「ぴゃー」


 水晶がなくなったここは、周囲の場所となじみやがて消えるじゃろう。変に力の偏りがあるより、その方が平和でいい。


 水焔を体に納め、外に出る。


「無事か」

儂の姿を見て、ほっとしたようにタインが言う。


「お主ら、弾き出されたか」

「水晶が戻ったと思った時には、こちらにおりました」

アリナが少し不思議そうな顔で儂を見てくる。


 なんでおじい様だけ? と顔に描いてある。疑問には儂だけ取り残されたことへの少しの心配も含んでいるようじゃ。素直に表情に出る孫の可愛さよ。


「儂は特に弾かれなんだが。背にぴゃーがおるせいかの?」

アリナに笑って首を傾げてみせる。


「さすがシンジュ様です」

そう言って屈託なく笑うアリナを片手で抱き上げる。


「ぴゃー」

ぴゃーが居心地悪げにもぞもぞしだす。


「ぴゃーには夕食にゆで卵を奢ろう」

途端に動きを止めるぴゃー。安い口止め料じゃの。


「聖獣は本当に女神に近い存在ですのね……」

イオ。


 イオ、もしかしなくともぴゃーのことを愉快な白ナスくらいに思っておった上、ぴゃーと聖獣をひとくくりにしていたじゃろ。普通の聖獣はもっと神々しいから安心せい。


 初めて聖獣と言われて見たのがぴゃーでは誤解も生む。


「ええ。敬うべき存在なのですよ」

マリウスが微笑みを浮かべて頷く。


 聖獣はな?


「それにしても、浄化途中のコアに魔物が憑くとは。これは、ほかの地も確認する方が良いのでしょうね」

面倒くさそうにマリウスが言う。


「国に情報を流すのはやめろ。これから旅の先々で鉢合わせしそうな上、結局こっちに振ってきそうじゃ」

「鬱陶しいことこの上ないですね。それならばいっそ、旅のついでに倒してしまった方がいいでしょう」

顔を顰めて言えば、マリウスも同意する。


「おい、マジかよ」

タインが驚いた顔で声を漏らす。


「魔王がいた場所に近づくほど強いコアが残っておるが、一度倒したもんじゃしのう」

「コア持ちではなく、コアの残滓にまとわりついているだけのモノですからねえ」

マリウスと二人、言い合う。


「マジかよ……」

もう一度同じ言葉を繰り返すタイン。


「あの魔物が特別強かったことは、対峙してよくわかりましたけれど、アスターのおじ様はわかりませんでしたわ。もちろん目で見て結果を見て、抜きん出て強いのは分かりましたけれど……」

イオが口籠る。


 イオは魔法使いじゃし、剣士の儂を測れなくてもいいのではないか? もちろん把握できるに越したことはないが。


「おじい様の気配はいつもと変わりませんでしたもの!」

誇らしげにアリナ。



 町に戻り、あちこち見て回る。今度は魔物の気配を探る目的もなく、純粋に楽しむためにじゃ。


「ここのお土産はお皿ですのね?」

イオが店頭に並べられた皿を覗き込んで言う。


「門の皿が名物じゃからな」

どう考えても使うためでない装飾と彩色がされた皿が、台に並べられ、壁にかけられている。


「一番人気は門の皿のレプリカだそうだ。年代ごとでデザインが違って、集めてるやつもいるらしい」

世馴れた傭兵は、町の案内にも向いている。


 一通り観光をし、宿に戻って夕食。魔物を倒した祝いというほどでもないが、大人には酒、子供にはグラスの縁に果実を飾ったジュース。ぴゃーにはゆで卵。


 サラダ、スープ、パンが人数分テーブルに並べられたところで、ワゴンに乗った大皿が運ばれてくる。


 皿の上にはこの辺りで釣れるいかつい顔をした鱒の仲間が載せられ、川海老の焼いたものや、野菜の焼いたものがその周りを囲っている。


 宿の者が大きなスプーンとフォークを使って、その大皿から器用に取り分けてくれる。こんがり焼けた皮がわられ、白い柔らかそうな魚の身がほかほかと湯気をあげる。


 エビと野菜も塩梅よく盛り付けられ、目の前に並べられる。口に運べば見た目通りふんわりと柔らかな身が塩気の中、ほんのり甘く口を喜ばせる。


「魚料理もなかなかですね」

嫌味なく微笑んでいるマリウス。


「載っている香草のせいでしょうか、臭くなくてむしろ香ばしい。載っているだけですのに不思議ですわ」

「とてもおいしいです」

イオとアリナ。イオは料理も分析しがちのようだ。


「そのまんま齧りてぇ……」

「うむ。ガブリといきたいとこじゃ」

タインに同意、美味いが儂には上品すぎて食べた気がせん。


 まあ、さっさとゆで卵を食べ終えたぴゃーに食われとるので、実際足らんのじゃが。


 今日はぴゃーに女神の結界内に残れた理由を押し付けたので、好きに食わせようと思ったんじゃが、食い過ぎじゃ! ナスを通りこして丸ズッキーニみたいになっとるじゃろが!

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