第49話 剣聖
透明な水晶を抱くカエルのような指先の丸い手、コウモリの翼を持つ人の顔をした青黒い魔物。卵が割れたようなものが胸のあたりまで覆っている。
――卵というにはざらついて、石のように硬そうだが。
「……なんとも気味が悪い。人のツラした魔物は初めて遭った」
「人間は女神の姿に近づいたといいます。そして同じように魔物も魔王の姿に近づくと。実際、人型や翼を持つ魔物は強いですよ」
マリウスがタインの呟きを拾い、いつものうさんくさい笑顔で言う。
人間は女神のように翼を持たないが、魔物は完全な人型でないかわり魔王のように翼を持つものも多い。
魔王が与えたコア持ちは、魔王の力でどんな姿でも強かったが、その中でも人型・翼持ちは段違いだった。
「ゲゲゲ……」
魔物が喉に何か詰まったような声を上げ、魔法を使ってくる。こちらを馬鹿にしているのか、威嚇なのか、儂らの足元の手前の地面が一直線にえぐれた。
「魔女が弟子イオ、参りますわ」
イオが一番手。
杖を体の前に真っ直ぐに立て、呪文を唱える。杖に集められた魔力が膨れ上がり、雷のようなものが魔物に向かって走るが、そのまま水晶に吸い込まれてしまう。
そして反射。
「お姉さま!」
「アリナ!」
アリナがイオの前に割って入り、剣で魔法を受けようとする寸前、イオが防御を張り地面に反射された魔法を逃す。
「魔法を使うには、あの水晶が厄介そうですね」
マリウスが平常通りの声で言う。
そしてこちらを向いて笑みを深めて言う。
「イオが放った魔法は様子見ですよ」
「わかっとるわい!」
アリナでも弾ける程度、それでも思わず声を上げた。心配なもんはしょうがないじゃろうが!
「子供には男女の区別なく、スパルタでしたのに」
「孫は別格じゃ! 厳しいのは親、祖父母は甘やかすと相場が決まっておるわ!」
強くなるよう助力は惜しまんつもりじゃが、心配もさせろ!
「あんたら……」
やりとりを見て呆れたらしいタイン。
「まあ、肩の力は抜けたがよ」
剣を構え直し、先ほどまで目を合わせることを避けていた魔物を見据える。いいことじゃ。
「アリナも行きます!」
タインと同時、踏み込むアリナ。弾かれ跳ね上がるふた振りの剣、灰色の水晶のような砕けた石の卵の一部が散らばりかかり、逆回しのように元に戻る。
「ゲゲゲ」
おそらく笑っているのであろう、馬鹿にしたように楽しげな魔物。
喉がぼこりと膨れる。
「避けよ」
儂の言葉と同時、黒い火球のようなものが数個、魔物の口から飛び出す。
アリナ、タイン、イオの三人は攻撃を受けず、素直に避けてくれた。
「コア持ちの魔物は、侵食してくるタイプの攻撃を使うんですよ。武器や盾で受けると、それも侵食され魔王の気に蝕まれます。それでも手放さずにいると、持っている者まで侵食されますよ」
「せめて精霊の祝福を得たものであればな。――それにしてもコアか、抱いている水晶、いや浄化されぬ黒い水晶をその身に持っておるな?」
三人をマリウスの後まで下がらせ、前に出る。
「ゲゲゲ」
「――水焔」
ニンマリと嫌な笑いを浮かべる魔物に向かって歩きながら、俺の剣を呼び出す。
手に馴染む水焔を握ると、一気に駆ける。
「ゲ……?」
俺の姿を見失ったのか、キョトンとした顔をする魔物。
体と石の卵の境を横に薙ぎ、返す剣で石の卵を斜めに斬る。キョトンとした顔のままの魔物、砕ける卵。
卵から散らばる石は、近くで見れば灰色の水晶のようだ。紡錘形の水晶同士が不規則にくっついて、歪なダマになっている。
それが戻る前にさらに細かく斬り崩す。バラバラと散らばり、また戻ろうとする灰色、さらに細かく。
たくさんのカケラが集まろうと、元々卵があった場所にいる俺を目掛けて飛んでくる。その全てを打ち返し、細かく。
「ああ、見つけた」
灰色に混ざる黒、小さな紡錘。
それに水焔を振り下ろせば、砕けて黒い色が抜け、透明な水晶のカケラが宙に漂う。
灰色のカケラが消滅し、魔物の体が崩れる。
「コア持ちは、体を残さないんですよね。労力の割に
マリウスがため息混じりに言う。
「別にもう金の心配はいらんじゃろうが」
水焔を左手、体内に戻しながらマリウス返す。
コア持ちはともかく、普通の魔物の高く売れる部位を細切れにして、昔はよく叱られた。
「すげぇ……」
「おじいさま……」
タインとアリナがこちらを見ている。少しはいいところを見せられたかの?
「ああ、水晶が元に戻ります」
イオが儂の隣を見つめて声を上げる。
漂っていた細かな水晶が、魔物が抱えていた浄化された水晶を取り巻き、かしかしとくっついていく。
「ぴゃー」
そういえばコイツ、背中におったの。
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