第48話 コア
水晶が黒く染まった方角、森に足を踏み入れる。
競りが行われる場所は、競りに便乗して市が立つ。テントも立てば人も歩くので草もまばらだが、森の中はそれなりだ。
商人や村や町から買い付けにきた者だちが、森の中に馬をつなぎ馬車を停める。家畜を売りに来た者たちは、山羊や羊を放す。枝が払われて、草は踏まれ食まれているため、普通の森よりは歩きやすい。
「さて、あの木が混んでいる先ですかね?」
「じゃろうな」
マリウスに同意して足を進める。
見えているのは立ち並ぶ木同士が近く、枝同士が絡む通るのが面倒そうな場所。近くには木々が重ならぬ見通しのいい場所がある。探し物をしているのならともかく、当然じゃが人は歩きやすい場所を歩く。簡単な誘導じゃの。
「おじいさま、何か落ち着きません」
「こちらの方向は、なんというか――気分が沈みますわ」
「確かにあんま行きたくねぇな」
アリナたちが言う。
「人を寄せないためでしょう、弱いですが術がかかっています」
マリウスが言う。
……かかっとったのか。
「ぬかるみや雨垂れを見た時、苦手な匂いを嗅いだ時、その程度の嫌悪感ですが、その程度だからこそ術の存在を感じずにかかってしまうことが多い。――まあ、本当に気にしない人もいますが」
複数の視線が集まるのを背中に感じる。
ぴゃーがもぞもぞ動くが儂のせいではない。無言で絡み付いているツタを払うと、少し開けた場所に出た。
「ここ、じゃな」
「ええ。ですが気配が混じる……魔物と、もう一つは神殿の」
最近にしては珍しく、眉をよせ眉間に皺をつくるマリウス。
「ここまで濃ければ未熟な私にも気配がわかります。ですが、なぜ相反する気配があるのでしょうか?」
アリナが首を傾げて儂を見上げてくる。
「予想はつくが、見てみねば答えは定かではない。アリナは何が原因だと思う?」
アリナ問い返すが、これは少々ずるい。儂は過去ここで何があったか知っており、判断する材料を多く持っておる。
アリナは答えにたどり着けないかもしれないが、考えるために色々な情報を拾おうとするはず。
まあ、儂の予想が外れている可能性もなきにしもあらず。
「打ち消しあっているのですね、気配は濃いのに広がらず留まっている……」
答え合わせの回答を期待してか、イオがマリウスを見る。
「気配はすれども、だな」
タイルが剣に手をかけて周囲を見回す。
明るいような暗いような妙な印象を受ける
「少なくとも近くには、特に術を施した痕跡もみとめられませんね」
目を閉じ、耳を澄ませていたマリウスが口を開く。
本人いわく、術の痕跡を音で聞く、らしい。袖の中で音のならない鈴を鳴らしているはずだ。反射音がどうたらかーたら言っておった気がするが、そもそもマリウス以外に鈴の音が聞こえない。
イオの問いをスルーしておるのは、儂と同じく二人に考えさせようとしている気配じゃ。この男のことじゃ、気づいていないと言うことはあるまい。
「さて、魔物が自然発生させた空間ならば、入れるはずなのですが……」
頭を傾げて考えるそぶりを見せるマリウス。
「入れるのですか?」
「うむ。女神は秩序でもって分け、逆に魔王は曖昧に混ぜる存在じゃからの」
アリナの問いに、今度は答える。
「魔の眷属は、人の世とは違う空間を作っていても、迷いこませるのは得意なんですよね」
「夜しか入れねぇとかか?」
マリウスに聞くタイン。
「確かに自分が有利になる時間を選ぶ魔物もおります。ですが、そもそもここは気配が違う」
マリウスが少し困ったように言う。
「魔物が作ったものではない、入れない場所か。どうするんだ?」
「面倒じゃが、魔物が出てくるのを待つしかないかの」
タインに肩をすくめてみせる。弁当でも持ってくればよかった。
「ぴゃー」
ぴゃーの一声。そして目の前になかったものが現れる。
「シンジュ様……。なるほど、女神のお作りになった空間でしたのね」
「シンジュ様、すごい」
まさかのぴゃーがイオとアリナの賞賛の声を浴びている!
だが、視線は正面の魔物に。
先ほどまで何もなかった視線の先に、透明な水晶が浮き、それを魔物が抱いている。割れて砕けた魔物のコア、黒かったそれが透明に変わり、割れたものが戻りつつある。本来ならば両錐であるはずが、下の方はまだ砕けたままくっついていない。
女神の作った空間。正しくは、黒い水晶を浄化するための女神の力の中だ。黒い水晶が完全に透明になった時、力は水晶に宿るが、それまでは水晶の周囲に
水晶を抱いたまま、ニタリと笑う魔物。
「欠けらが不足しておりますね」
「あの魔物の中であろうよ」
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