第47話 魔物探しの術

 朝食は分厚いベーコン、目玉焼き、サラダ、ジャムを入れたヨーグルト。トマトと玉ねぎのスープ。――を、儂だけ二人分。


 流れるように「こちらはよく食べるので、二人分」と注文した男が涼しい顔をして隣にいる。マリウスこいつが二人分頼んでもいいのではないか? それによく食べそうというならば……


「旦那、聖獣は俺には理解できんので無理だぞ」

目を向けただけでタインに言われてしまう。


 おのれ……、察しのいい男め。


「どれにいたしますか?」

パンは店員が数種類を盆に載せて席に回ってくる。


「その丸いのとトーストを」

儂はごく普通の手のひらサイズの丸いパンとごく普通のトーストを選ぶ。この宿のバターは美味いので、儂はそれを楽しみたい。


「私はこちら二つを」

マリウスはレーズン入りの四角いパンとクルミの練り込まれたパン。こいつはレーズンやナッツの入った柔らかいパンに、さらにバターをつける男だ。


「どれがお勧めでしょう?」

店員に向かい、アリナが首を傾げる。


「お嬢様方にはこちらの果物が載ったものはいかがでしょう?」

「ではそれでお願いします」

「私も」


 店員が勧めたのは、スライスされた小さめのパンにクリームが塗られ、その上にヤマモモやベリーなどが載っている見た目が華やかなもの。


「俺はそのデカいのと、一番硬いパンを」

タインは食いでのあるものが好きなようだ。


「また回って……、お選びになりますか?」

笑顔で隣のテーブルに移ろうとして、止まる店員。


 儂の皿からパンとついでに目玉焼きが消えている、犯人は一匹しかいない。ぴゃーのやつ、隠蔽の腕と素早さが上がっとらんか? 儂が気づかんかったぞ。


「すまん」

同じものをもう一度もらい、食事を始める。


 儂に気配を感じさせず――これは聖獣のせいかもしれんが――さらに速い。止める止めんは別として、これはもしや修行の一環にできるのではないだろうか。


「では、普段は朝食を頂かないのですか?」

「食わねぇわけじゃねぇが、屋台で二、三本焼き串を腹に納めて終わることが多いな」


 アリナは色々なことに興味を持ち、知識として取り入れ、良いと思ったことは自分でも実践する。今もタインに日常のことを楽しげに聞いている。うちの孫、可愛いじゃろ? じゃが鼻の下を伸ばすなよ?


 昨夜得た手がかりらしきもののことは、部屋ですでに話している。ここは隣の客とテーブルの距離は十分にあるが、代わりに従業員が客の話を拾うために聞き耳を立てている。


 素早く客の望みを叶えるためか、情報を売るために集めているのか微妙なところ。


 宿を出て件の場所に向かう。競りが行われておらんため、近づくにつれ人通りはほぼなくなった。森と町の境から少し森に入った場所、木々も建物もなく、そこだけぽっかりと空間が空いている。


「柵があれば馬場のようですね」

イオの言うように、短く刈り込まれた草といい、その草が擦り切れ土が見えている場所といい、馬場のようだ。


「戦いの際に、木々も薙ぎ倒しましたからねぇ。うまく利用しておられるようですね」

マリウスが感心している。


 なるほど、町を出てすぐというわけでもなく、この微妙な位置に競りの会場があるのは、儂らのせいか。儂らと魔物が荒らした森の一部を、少し整えて使っているようだ。


 町中での本格的な戦いを避けた結果、現在のここがある。住民はたくましいというか、ちゃっかりしておるというか。まあ、ちょうどよかったんじゃろな。


「さて、始めましょうか」

マリウスが小袋を取り出し、中身を掴む。


 掴み出されたものは、砂粒よりは大きいかという水晶。それを半円を描くようにパラパラと落とす。


 これは魔物を探すための術、普通はもっと透明度の高いデカい水晶を使うらしいのだが、マリウスは省エネというか、旅の財布を握っていたせいで侯爵家出身にして神官長の位にいた割にはケ……庶民的だ。


「この小さな水晶に、しかも中の不純物やヒビを避けて術式を埋め込むなんて……」

イオが尊敬に畏れが混ざったような眼差しでマリウスを見ている。


 この石を作っているのを見たことがあるが、最初こそ試行錯誤しておったようだが、すぐ慣れて四半刻もかからず袋いっぱいにかけるようになったが……。


 円ではなく半円なのは、町の方向を除いたため。これで何やらマリウスが唱えると、魔物の気配が強い方にある石が赤黒く染まる。隠れ潜むのが得意な魔物は、人の目に見えないこともあるので便利じゃ。


 そして今も3粒、4粒ほどが黒く染まった。もう少しデカい石にしたほうがわかりやすいんじゃないのかこれ? 


「エルダの町の神官が、半日をかけて占うのを見たことがあります。この黒く染まった石のある方角に魔物が潜んでいるのですね?」

アリナが正解かと問うようにマリウスを見上げる。


「凄えことは頭でわかるんだが、あんまり簡単に見せられると混乱するな」

タインが頭を振っている。


「これをするより、スイルーンに紐をつけてその辺りを歩かせた方が経済的なんですがね」

マリウスが肩をすくめる。


「旦那、そんなに魔物ホイホイなのか……?」

「おじい様……」

「やめよ」

その辺は察しなくていい。


 鵜飼の鵜か、儂は!

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