第46話 酒は口を滑らかに

 夜に部屋を抜け出し、少し高級な酒場に変わった食堂で酒を飲む。ここの酒は地元の酒だけではなく、北の寒い地域から運ばれた珍しいものもある。


 じゃがいもの蒸留酒、アクアヴィット。葡萄がとれないせいか、北の酒は珍しいものが多い。もっとも北から見たらこっちのワインが珍しいのじゃろう。――この酒は度数の低いビールと交互に飲むのが流行りだそうじゃ。


 酒も美味いが目的は情報収集。とりあえず珍しい酒は、飲んでいる同士話題に上げやすく、聞きたい話を振る前の軽い雑談にちょうどいい。何人かの客に聞き、今は手すきだった宿の者を相手にしている。


 昼間は昔にあったこと、あった場所を前提に話を振っていたのだが、今度は件の広場周辺のことを。


「今月の競りはもう終わりましたよ、あるのは月初の三日間なんです」

「その競りで変わったことはなかったかの?」

それは知っておる。


 町の簡単な地図に場所が載るくらいには、この町の競りはそこそこ有名で、それ目当ての商人以外の客も多い。


「今月の目玉は拳ほどもあるサファイアという売り込みでしたが、大きいことは大きかったけれど、宝石とは言えないものだったらしく、騒ぎになってましたね」


 ……聞き方が悪かった。


「人がいなくなるとか、怪我をするとか、事件は?」

さすがにいきなり人が死んだか? とは聞けぬ。


 というか、昼間情報を集めた分には、この町でここ数年不審死はない。あっても、そこに至る経緯を承知していて犯人の見当がついているが、暗黙の了解で黙っているだけでという雰囲気のものだった。


 被害者が弱き者を長年虐げていた者とか、人の女房を寝取ったとか、ごろつき同士の抗争があったとか。――ふらっと訪れた者が、首を突っ込むのはやめておいた方がよさそうな案件ばかりだった。


「最近は宿が取れないのか、節約なのか、荷馬車で寝泊まりして体調を崩す方が多いとは聞きますね。やはり宿は、お客様のようにキチンとしたところをとりませんとね」

笑顔で告げる宿の者。


 はて? 何も出んの。いや、大勢から少しずつ生気を吸うタイプかの? 荷馬車が置けるとしたら、件の広場だろう。それに荷馬車ごと泊まれる宿は限られるだろうし、荷馬車での寝泊まりは最近始まった話とも思えない。


『……ぴゃー!』


 話は聞けたし、厄介なのが起きたので部屋に戻ることにする。ごそごそぴゃーぴゃーうるさいが、無視じゃ無視。


 部屋に戻るとマリウスが一人、居間でワインを飲んでいる。通り過ぎた小部屋ではタインが起きている気配はしたが、それぞれ過ごしているようだ。


「タインの酒量は貴方ほどではないようです」

「儂らと比べるのはどうなんじゃ?」

儂が向かいの席に座ると、マリウスが新しいグラスに酒を注ぐ。


 マリウスも儂も飲むそばから醒めてゆくらしく、かなり強い酒を鯨飲せねば酔わない。女神の加護のおかげで傷の治りも一般人より早いし、毒にも強く、代謝もいい。ただ、最初から酒に弱かったシャトはわりとすぐに酔っておったが。


 マリウスは雰囲気で飲むタイプ、儂は雰囲気に酔うタイプで特に体が酔わずとも問題なく酒は楽しめる。


 儂がグラスに手を伸ばすと、その手をぴゃーが伝う。いつもの鈍臭さを感じさせず、素早くやってきてグラスに顔を突っ込む。


「……」

「……」


 思わずマリウスと二人黙る。


「シンジュ様はお酒もお好きなようですね。――で、話は聞けましたか?」

「スルーするでない! どう考えても聖獣の所業ではないじゃろが! 顔をワインに半分突っ込んで飲んどるぞ? 呼吸はどうなっとるんじゃ、コヤツ!」

「聖霊であられますので」

笑顔のマリウス。


「この所業を受け入れるなら、ぴゃーの本体ごと譲るからもっていけ!」

「シンジュ様はご自分でいどころを決めてらっしゃいますので。さ、グラスもワインもありますから」

そう言って新しいグラスを儂の前に置く。


「自分の分の酒を心配して怒っておるのではないわ!」

躾の問題じゃ!


 しばらくしょうもない言い争いをし、本題に入る。


「サファイアが?」

酒場での話を軽く話すと、マリウスが妙なところで食いついてきた。


「なんじゃ? 陽の光に透けんほど、宝石と呼ぶには透明度が低い石だったのではないか?」

同じ鉱石でも宝石質のものとそうでないものがある。


「詐欺に使うならばともかく、競りでですか? 見れば一目瞭然、流石にそんな評判を下げるようなことはしないのではありませんか? それにサファイアでしょう? ――濁ったのではないですかね?」

マリウスがワインを傾けながら言う。


「魔物が触れたか」

宝石の中には魔法や魔物に反応するものがある。


 サファイアの中でもその名の語源通りに青いものは、哲学者、聖人の石と呼ばれる。神官たちがサファイアの指輪をして、その癒しの力を増幅することも多い。


「或いは魔物が何か力をふるい、その影響を受けたか」

「大人数が体調を崩すらしいからの、広範囲な吸生気でも使っとるのかの」

どちらにしても姿を隠し、こそこそとしていることは間違いなさそうである。


「ところで、これは寝とるのか?」

「寝てらっしゃるようですね」

儂の腕にしがみつき、グラスに顔を突っ込んだまま静かになっているぴゃー。


 眠かったくせに食欲が勝って出てきた結果がこれじゃ。


「聖獣とは?」

「そこに在るだけで有難い存在ですよ」


 絶対違う! 

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