第45話 食べ比べ

 ヘイゼルナッツのチェリーケーキ。


 村で食べたものと早速比較している。香ばしいヘイゼルナッツの生地は甘さ控えめで、チョコレートの薄いチップが混じり、パリパリと食感が面白いし、酒に漬けられたさくらんぼとの相性もいい。


 さくらんぼを食べた時の鼻に抜ける酒の香りがたまらん感じだ。


「高い酒使ってそうだな」

「うむ。よい匂いじゃ」

タインにとってはまだ甘いらしく、微妙な顔。菓子などにせず、酒のまま出せといいたそうじゃ。


「ケーンのラム酒でしょうか?」

マリウスが目を閉じて、酒の味を探っている。


「ぴゃー……」

弱々しく鳴くぴゃー。


「明日にせい」


 この宿は料理人を別に雇っているらしく、食事も美味かった。美味かったゆえに、ぴゃーのやつが欲張って、茄子を超えて洋梨の体型、もう一口も入らない、というところでデザートを食べている現在。


 満腹を通り越してはち切れそうになっておるというのに、まだ食いたがるというのがわからん。食い物を見て気分が悪くならんか?


 諦めたのか、のそりと背中に向かうぴゃー。いや、お前、なんで顔を通って背中に回るのだ? 脇を通れ! 脇を!


 幸い聖獣もどきなせいか、毛が抜けるということはないようだが、邪魔じゃ。


「同じ料理でも随分違いますね」

「味はこちらの方が……。でももう少し甘い方が嬉しいです」

「私も」

言い合ってイオとアリナがくすくすと楽しそうに笑いあう。


 儂とマリウスにはちょうどいい甘さだが、タインには甘すぎ、子供二人には甘さが足りんようだ。食い物というのはなかなか難しい。


「に、しても贅沢だな。こんな宿に泊まることになるとは思ってなかった、フォーク一つの扱いに気を遣う。どっかで正装を借りてくるべきだったかね?」

皿の上の菓子をフォークでつつきながらタインが言う。


「この町では三番目の宿ですよ」

「儲かっとる傭兵も使うから安心せい」


 この町一番の宿は王族も利用し、家格が高く信用がなければ泊まることができない。二番目の宿は、やはり身元がしっかりしており、代金は後日家に請求が来るか、家人が届ける形になる。


 アリナは王族、マリウスとイオは侯爵家縁、儂は辺境伯と余裕でクリアできる条件じゃが、どう考えても利用すれば居場所がバレる。


 三番目のこの宿は、金さえあれば平民でも泊まれる。まあ、普通程度の金持ちでは泊まることが難しい宿ではあるが。


 アリナとイオは文句も言わんが、ここ数日野宿と村の藁の寝床が続いた。体力の回復にも風呂と寝具のよい宿を選んだ。


「ここのいいところは、料理については二番目の宿に勝る上、一番目の宿では扱えないような旨いものも出すことじゃな」

一番目の宿は、少しでも毒性のある食材は扱わない。


「食事に出た、花の揚げ物がほんのり甘くて美味しかったです」

アリナが頬をおさえて、目をキラキラさせる。


「花の香りも素晴らしかったですわ」

うっとりとイオ。


「ニセアカアの花ですね。もう少しすれば、小さな白い花がすずなりに咲くのを見られますよ」

マリウスがにこりと笑う。


 揚げ物は花が開く前のつぼみを利用する。咲いた花より虫が入る心配も少なく、揚げても香りが閉じ込められたままになる。花弁に腹を下すような軽い毒を持つのだが、火を通せば消えるものだ。


 食事を終えて、部屋に戻る。部屋は最初に召使いか護衛が使う部屋があり、次に宿にしては広めの居間がある。そして居間から続く寝室4つと風呂だ。


 アリナとイオは一緒に寝るというので、タインに部屋を使うよう勧めたのだが、最初の小部屋で寝ると、その部屋に荷物を放り込んだ。


「さて、これがこの町の地図です」

マリウスがテーブルに地図を広げ、みんなに見せる。


 居間に集まって、明日からの予定を話し合う。


「50年前に巣食っていたのは領主の屋敷の中じゃったが、今日歩いた感じでは違うようじゃの」

「ええ。使用人も暗くもなく、不自然に明るくもなく、魔物の気配の残滓もありませんでしたね」

儂に同意するマリウス。


「暗いならともかく、明るいこともあるのですか?」

「魔物が精神操作をしている場合があるんですよ。私たちのような付き合いのない者が判断するのは難しいのですが……。複雑な暗示は難しいですからね、普通に過ごせとか明るくふまえという暗示が多いのでしょうね」


 イオの質問にマリウスが柔らかく答えているが、50年前の領主の居館で、同僚が何人か行方不明になっているのに残った使用人がはつらつと明るいというのは、不自然通り越して少々怖かった。


「魔物の気配を感じたのは、すれ違った荷馬車からだろ? そういう荷馬車が集まるような場所なんじゃないか?」

地図を一緒に覗き込むのを遠慮しているのか、身を乗り出すことなく腕組みしていたタインが言う。


「なるほど……。スイルーンと二人、過去にこだわってしまいましたか」


 タインの話を聞いて、地図の上にそこそこの荷馬車――商人が集まるような場所を探す。マリウスはこだわることが悪いようなことを言っているが、やはり過去の印象深かった場所に目がいってしまう。


「ここなんじゃないか?」

地図の一点を指す。


「逃げ出した魔物を倒した場所、ですか?」

マリウスが首を傾げる。


「今は商人がりを行う広場になっとるらしい」

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