第43話 血統

 マリウスが茶をぴゃーに注いでやって、甘やかす。


「スイルーンの本気の戦いというのは、この先、よほどのことがなければなさそうですが。まあ、適当に剣を振るう姿の方が参考になるでしょう」

儂の膝から尻を動かさず、体を伸ばして茶を飲むぴゃーと、飲みやすいよう薄い金属のカップを支えるマリウス。


 おぬし、甘やかして躾けないつもりなら引き取ってくれんか。


「それほどか」

片眉を跳ね上げるタイン。


「おじい様の本気の剣……。私が学ぶのは難しいレベルでしょうか?」

アリナがマリウスを見て儂を見る。


「さて? 少なくとも私は、スイルーンの戦いを見て剣を置きました」

「他に回復役がいなかったからじゃろ」

儂の言に、薄く笑って答えないマリウス。


 ぴゃーは我関せずで儂の膝から伸び出して、茶を飲んでいる。コイツ、何か口に入れば誰が出してもいいんじゃな?


「おじい様……」

「……」

アリナとタインがこっちを見る視線がビシバシ刺さって痛いんじゃが。


 自分が強い自信はあるが、ドリーム入った過剰な期待じゃろこれ。マリウス! 口元を隠しておるが、絶対笑っとるだろう!


 可愛い孫のためには理想でいてやりたいが、得てして人に抱く理想は、矛盾を含む無茶なものが多い。――勇者シャトも腹を下すとアリナに伝えて泣かれたあの日! 止めよ、儂は等身大のアリナのカッコイイ祖父でありたいんじゃ!


「『女神ラーヌの剣』を持てる者は一人、女神が守護するのは枝分かれした血の中から一人ずつ。全てで四人、ですか?」

イオが表情を変えずにマリウスに聞く。アリナが期待に満ちたキラキラした顔をしておるのと対照的じゃ。


「ええ。王家、ひいては公爵家には全ての血が集まっていますからね。私は何にでもなれたのです――【魔女】以外ですが」


 はるか昔枝分かれした血。その血は混ざり合って薄まり、そして再び抽出され分かれることを繰り返している。


 具体的には貴族どもが、同じ特性が強い者同士婚姻して血を濃く――特性を強くしようとしとるだけじゃが。しかも魔王出現の報を受けてから、慌ててじゃ。


 魔王が姿を消し、再び出現するまでそれなりに長い。人の世では代替わりが6度はある。結果的に血統を重んじる時代は一番平和な時代にあたり、世が荒れ始めるころは混血が進んでいるというズレっぷり。いや、女神の性質上そう・・なるのは必然なのか。


 一般人に至っては血統はほぼ意味をなさず、剣が得意な者が剣の血統を謳い、癒しが得意な者が癒しの血統を名乗っているだけ。それでも時々儂のように突出して特性が現れることもあるので、不思議なもんじゃ。


 全ての血を入れて、十二分に特性を引き出しているのは王家と公爵家くらいだろう。勇者が共に戦う友を強くするように、勇者の直系 おうけ の血は、ソード・フェザー・オゥルの血の特性を強く引き出す。


 だが魔女は、必ず一人だけ。イレーヌが誰かに譲らぬ限り、強力な魔法が使えようとも、勇者に望まれようと、他の者が「女神が守護する魔女」になることはない。


 ちなみに男でも「魔法使い」ではなく、女神が守護する「魔女」だそうだ。なんでかは知らん。


 イオは魔女を継ぐ特別な弟子として育てられている――と、目されている。確かにイレーヌは、イオに目をかけ、さまざまなことを教え込んでいるが、儂はイレーヌからイオに継がせるとはっきり聞いたことがない。


 あの年齢不詳の魔女は、まだまだ現役でいるつもりじゃあるまいかと訝しんでいる。


 もっとも魔王討伐でもない限り、女神の守護は能力に大きな影響を及ぼすことはなく、イオが素晴らしい魔法の使い手であることに変わりはない。あるとなしとでは、周りの扱いは変わるかもしれんが。


「いったいなぜ、魔女だけ違うのでしょう?」

「さあ? 案外過去の魔王討伐者の願いかもしれませんよ」

イオが首を傾げるのにマリウスが答える。


 魔王討伐のあかつきには、女神によってそれぞれ一つだけ願いが叶えられる。イレーヌの願いがなんなのか未だ知らんし、マリウスの願いはつい最近聞いたばかりじゃ。


「だいたい理不尽で微妙な決まり事は、過去の勇者一行のせいかもしれんな」

「あまり目立つ周囲が不便な願いは、次の一行が無効にしてそうですね」

マリウスと二人、言い合う。


「お二人とも、願いは叶ったのか? ――内容はきかねぇけど」

タインが聞いてくる。


 儂やマリウスの顔色を読んだのか、最後に付け加える。


「私は叶いましたよ」

「儂の願いはまだじゃの。――いや、叶いつつある」


 マリウスの願いが「女神の声を聞かぬこと」だと知ったら、アリナたちはどんな顔をするだろうか。


「私も、おじい様の願いが早く叶うことを祈ります!」

屈託ない笑顔を見せるアリナ。


 儂の孫は可愛い!


「ぴゃ〜」

ぴゃーは可愛くないからマリウスの膝にいっていいぞ。食って飲んだからって、儂の背中に移動して寝ようとするな! 怠惰すぎるわ!


 休憩を終え、街道に戻る前にトイレを済ます。


 うむ。幼い頃と違い、さすがに勇者も伝説の中の人もこのジジイも人はトイレに行くことは理解しているようじゃ。


 ――アリナが笑顔で幻滅してるということはない、はず。


「マリウスも行ってきたらどうじゃ?」

「……ああ、お気になさらず」


 おい。儂の孫と自分の姪の前で格好をつけようとしとるのか? 途中でトイレに寄る方が恥ずかしいぞ!

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