第42話 運動の
タインがマリウスに転がされている。
「おや、偶然にしても綺麗に決まりました」
にこやかにマリウス。
「偶然……?」
そう戸惑うタインにマリウスが手を差し伸べて立たせ、適当な構えを見せてもう一戦誘う。
袖も裾も長いローブ、肩から垂れさせた膝下まで届く飾り布が二つ。どう考えても動きづらい格好だというのに、少しの滞りもなくかえって飾り布を牽制や目眩しに使う。
身体強化を使うマリウスの手は、速いだけではなく重い。
そしてまた地面に大の字になって、驚いたような顔でマリウスを見上げるタイン。それを涼しい顔で見下ろすマリウス。
「だから心配いらんと言ったろうに……」
タインに憐れみの混じった目を向ける。
テレノアに向かう道中、休憩のため少し街道から森に入った場所。食後の茶を飲みながら、魔物がいるのならばテレノアだろうという話をした。その流れでタインがマリウスの体調の心配を口にしたのだが、それが引き金になった。
穏やかに、低姿勢で、いっそか弱く――儂から見れば胡散臭い笑顔で、マリウスがタインとの手合わせに持っていった結果、タインが草の上に何度か転がることになった。
勇者一行、伝説、最強のパーティー。しかしマリウスの名は、儂らのように物理的な破壊を伴う強さではなく、強力な支援魔法とどのような傷も回復させるパーティーの癒し手として広まった。
特に今の若い世代は、マリウスが物理的にも強いことを知らない。もし、その身に納める武器を、杖でなく剣を選んでいたら――いや、儂の方が強いな。マリウスが杖を選ばなかったら、今ほどの身体強化は得られんはずだ。うん、儂の方が強い。
まあ、50年という年月が過ぎ、歳もとった。マリウスの職業や年齢から考えれば、野宿混じりの長旅に、その体調が心配になるのもわかる。
「嘘だろ……」
地面に投げ飛ばされたまま、大の字で呆然としているタイン。
立っては転がされ、立っては転がされ。最初は油断していただろうが、気合いを入れても結果は変わらない。
「マリウスは普段は体力がないふりをして、他人に荷物持ちをさせたりしとるが、喧嘩を売ってきた騎士が所属する一個小隊ごとのしたり、好き放題しとる男だ」
一個小隊は二十人ほど。しかもマリウスが相手にしたのは歩兵ではなく、騎士だ。
さすがにマリウスに直接喧嘩をふっかけるような相手はおらんので、軍属の癒し手や年配者にアホが売った喧嘩をマリウスが代わりに買っている感じじゃが。ヤツはけっこう喧嘩っ早い。
そして対戦まで持ってゆくまでに、負けたことを外に漏らせば恥になるような状況を作る。マリウスが強いということが広まらないように情報を制御して、アホが手合わせを了承しやすいようにしとるんだと思う。
儂とて素手の勝負では勝てるかどうか大層怪しい。というか、身体強化をかけたマリウスに、マリウス以外から受けた身体強化で対抗できる気がしない。剣があれば別じゃがな!
「おじ様……お強かったのですね」
イオが呆然とマリウスを見る。
「精神力をつけるには、身体を鍛錬するのもよい方法ですよ」
息を切らした様子もなく、焚き火のそばに戻るマリウス。
「すごいです」
アリナもきらきらした目でマリウスを見ておる。
アリナも剣を手放さざるを得なくなった場合のことを考えて、丸腰でもある程度戦えるよう訓練している。だから一層マリウスの体捌きに感心しているのじゃろう。
己が武器を手に入れれば、剣が離れたままになることは滅多にないが、武器を魔法で封じる方法もいくつかある。また、剣が魔物に食い込み抜けずにいるところを、別な魔物に襲われることも。備えは大切じゃ。
「強えな、心配は無礼だったか」
のそりとタインも焚き火に戻ってきた。
地面に打ちつけた背中が痛むのか、動きが少々ぎこちない。一応、受け身が取れるよう倒しておったようだし、しばらくすれば治るじゃろ。
マリウスとタインに茶を渡す。
「ご心配ありがとうございます。少し体を動かしませんと、この年では本当に弱りますからね」
「少し……。本当に最小限の動きで倒されたしな」
にこやかに笑うマリウスに、ため息をつくタイン。
「50年の時が流れても英雄たちに衰えはなしか。さすがだが、こっちは少々情けない」
受け取った茶を飲んで、熱かったのかタインが顔をしかめる。
「タインは強い部類じゃと思うぞ。世馴れとるしな」
「世馴れてるってのは別なことだと思うが……」
「タインも、このまま一緒に旅をしましょう。おじい様が剣を振るうのを間近で見れば、強くなること間違いなしです!」
弾けるような笑顔で手を合わせるアリナ。
「ぴゃー」
賛同するぴゃー。
いや、これは茶の催促じゃな。
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