第41話 気配

 結局、儂は言葉遣いをなんとかすることに。ゆで卵の丸呑み問題についてはぴゃー次第ということで、なんの解決にもならんかった。――次回人前で飯を食う時は、マリウスの膝で食わせよう。


 魔馬を進める周囲には、秋に撒かれ冬を越した麦がみのり、風に吹かれている。この辺りの小麦は香りがよいことで知られている。


 所々に儂の胸ほどの石積みがある。壁というには不恰好で低いそれは、そこを越える魔物は討つという目安の境界であり、内側は人の地であることの主張。


 村や町の人々が畑を耕す時に出てきた石を一つ積み、二つ積みした慎ましく普通に生きる人間の主張。


 今はその外側にも小麦がみのる。魔物の領域は狭まり、かつて魔物の襲来によって崩れた石積みの場所はそのままにされ、畑への出入りに便利に使われている。


「ここまで来るのに50年は早いのか、遅いのか」 

「早い、と思いますよ。この辺りは女神の影響が強いですしね」

儂の独り言にマリウスが答える。


 儂の隣にマリウス、反対側の隣にはアリナとイオ、少し後ろにタイン。もちろん他の旅人を見かけたら横の並びは崩す。


 もっとも移動する商人たちが活動を始める時間とはずらしておるし、この街道が混み合うのは小麦が収穫されるもう少しだけ後だ。儂らはのんびりとテレノアを目指す。


「おじい様たちが作った光景ですわ」

にこにことアリナ。


 この笑顔があるなら儂等が旅したことも無駄ではない。孫は可愛い。


「確かこの辺りではヘイゼルナッツのチェリーケーキがよく焼かれる。次の村に着いたら特別に頼んで焼いてもらおうか。テレノアの店のものと比べてみるのもいいじゃろ」


「ぴゃー」

「お前にじゃない」


 孫のかわいさに上機嫌で提案すれば、背中から声が上がる。それに間髪いれず否定する。


「シンジュ様、大きなものを焼いて頂きましょう」

横からマリウスが笑顔で言う。


「ぴゃー」

「そうじゃ、マリウスに買ってもらえ。そしてマリウスの膝で食え。――イオにも買ってやれよ?」

アリナの分ともどもイオの分を頼むのは構わないが、マリウスからもらった方が嬉しいじゃろ。


 前から来た荷馬車を避け、端による。


「私は――」

「ええ。アナタはタインにも買ってあげなさいね」

イオが言葉を紡ぐ前に、微笑みを浮かべながらタインを巻き込むマリウス。


「俺は自分の食い扶持は自分で用意する」

即座に遠慮するタイン。


 イオは遠慮深いからの。自分で頼むだけの金もあるので断ろうとしたのじゃろう。だが、財布事情とは別な問題じゃ。と、するとタインには儂が依頼して、ついて来てもろうておるのだ、儂が用意するのが確かに筋かの?


「旦那も考え込むな!」

「ふふ、楽しみです!」

タインとアリナ、対照的な答え。


「それはそれとして、魔物の気配がしましたね」

「したのぅ――じゃない、したな」

いかん、話し方を矯正するんじゃった。


「あんたら魔法でも使ってるのか?」

そう言って剣に手をかけ、周囲を見回すタイン。


「常時探索や探知の魔法をかけるなど無理ですわ。いえ、私には無理ですわ」

イオが言い直す。


「私にも無理ですから安心なさい」

マリウスが微笑む。


「俺はそもそも魔法は使えん。これは長年の勘みたいなものだ」

なんで分かるのか聞かれても答えられない程度のモノだ。


 というか以前も思ったが、ぴゃーは気づくべきなんじゃないのか? 聖獣、しっかりせい。


「それに魔物ではなく『魔物の気配』ですよ」

「うむ。荷馬車に乗っておった男についとったな。この先のどこかで魔物と関わったとみえる」

「テレノアには最初の封印もありますし、強めの魔物が引き寄せられてきたのかもしれませんね」


 荷馬車の男には変わった様子もなかったので、魔物と遭遇したことに気付いていなかった可能性もある。


「さて、人の町にそっと混じって、不和や恐れをばら撒くタイプですかね?」

「おい」

剣から手を離したものの、硬い顔のタイン。


「あんまり脅すな」

マリウスを諌める儂。


「そのタイプの魔物は弱くとも厄介だと習いました。分かりにくいからこそ、気付いた時にはひどい被害だったとか」

「まずその存在に気づけるかどうか……」

アリナとイオが不安そうな顔を見せる。


「存在に気づくのは簡単ですよ、魔物ホイホイもいますしね。そして特定してしまえばあとは簡単です。昔と違って私たちも今はそれなりの地位にいますしね」

余裕のマリウス。


 過去の旅では、魔物が化けておるモノの方が町の者から信用があって苦労した覚えがある。絵姿やら像やらが出回ったのは、魔王討伐後じゃからの。


 そんなこんなで村に到着、約束通り料理上手と評判の宿の女将にケーキを頼む。


 夕食後、出てきたのはパンとパイの中間のような皮に、ヘイゼルナッツの粉を混ぜてつくった具材、酒に漬けられたサクランボが入れられた焼きたてのケーキ。


「結局俺のもか」

儂が注文したケーキを前に、タインは酒の方が良かったと、あからさまに顔に書いてある。


「いい匂いです」

「香ばしいのですね」

子供たち二人が幸せそうじゃ。


 やはり甘いものが好きなのかの? 田舎には時々、砂糖の味しかせんような菓子もあるが――


「ふむ。冷めても美味いが、焼きたても美味いな」

十分甘かったが、覚悟していたほどではなく、ヘイゼルナッツの香ばしさ、酒と果汁が混じったサクランボの味が口に広がって美味い。


「ぴゃー」

儂が口をつけると、とたんにぴゃーが騒がしくなる。


「マリウスの膝で食え」

アイツは甘いものはそう得意ではないはずじゃ。


 机に並ぶのは丸いホールケーキが2つ。片方はすでに切り取られ、それぞれの皿に乗っている。


「ぴゃー」

「嫌ならせめて、マリウスが食ってるように改竄しろ」

マリウスの皿に残るケーキの隣に、新しく切り分けたケーキを載せる。


「諦めたらよろしいのに、往生際の悪い」

皿ごと儂の方に寄せるマリウス。


「諦めたら儂が愉快な大食い男になるじゃろが!」

「旦那、その言い合いも普通じゃないからな?」

一応、という感じで突っ込んでくるタイン。


「ぴゃー」

こちらの事情など関係ないとばかり、ケーキを食い始めるぴゃー。


 お前が原因だと言うのに!

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