第39話 聞くべきこと。

「あんたら、何の集まりなんだ?」

タインが聞いてくる。


「今の代に合わせて答えれば、勇者候補一行ですかね」

たいがいマリウスも韜晦とうかいした男だ。自分のことを話したがらない半分、からかい半分。少しだけ貴族的匂わせるだけの言い回し。


「候補?」

タインが眉を寄せて幼い二人を見、儂を見る。ジジイのマリウスは圏外じゃの。


「儂は勇者候補ではないぞ、候補はこの二人じゃ。ほれ、焼きたてじゃ。食え」

トラウズラを全員に回す。


「この男は食い気が優先なんですよねぇ」

マリウスがトラウズラの載った葉を受け取る。


 この楕円の大きな葉は、繁殖力が強くどこにでも生える。食うことはできないが、厚い割にそれなりに柔らかなのでバターやチーズを包むことによく使われる。


 旅の空では、こうして料理を半分包むように皿がわりにしたり、畳んでコップのように作って水を掬うこともある。


「……旨い」

よく焼けたトラウズラをかじり、どこか不満げにタインが言う。


「上々じゃの」  

パリッとした皮に、新しい肉だというのに中は硬くなることもなく柔らかで、肉汁と少ないが脂が回る。


 マリウス自身が舌が肥えているせいか、そこらの店より火加減が上手い。特に魔物が対象ともなれば、儂はマリウスより上手い男を知らん。


「熱を加えているだけではありませんよね? おじ様の魔法は細かすぎて、未だ読み解けずにおりますわ」

難しい顔でトラウズラを見つめるイオ。


「魔力を温存しつつ、短時間で結果を出すには、一つずつ重ねていくより、纏めてしまった方が早かっただけですよ。いつ戦闘になるか分からない状態でも、やれ肉が硬い、パサパサだ、生焼けだと文句が多かったですからね」

苦笑するマリウス。


「うるさいぞ、自分だって文句どころか食わんかったろうが! やれ味が濃い味が単調だと儂に文句ばかり言いおって!」

味付けに文句を言われるなら、火加減に文句をつけてもいいはずじゃ。


「我が師が、旅の間お二人がどんどん料理の腕を上げていったと――」

「まあ! おじい様は気のせいではなくやはり料理もお上手なのですね!」

イオとアリナ。


 城で口にするような料理と比べられると、いささか面映おもはゆい。


「ぴゃー」

「ぴゃーは食い過ぎじゃ! 茄子から戻るのに、だんだん時間がかかっとるじゃろが!」 

空気を読まず、自分の分を食い終え、儂のトラウズラをねだって来たぴゃーにぴしゃりと言い渡す。


 食う量や物は聖獣に影響がないのかと思っていたのじゃが、どうやら違う。腹が重そうにぶら下がっとる時間が確実に伸びておる。ついでにぴゃーも腹が重い間は伸びておる。


「……生焼けは俺も食わねぇが、どこに突っ込んでいいか分かんねぇ」

タインが言う。


「おかしいと思ったことは、順番などはいいからどんどん教えてくれ」

「できれば、おかしいと感じた理由もお教え下さい」

儂とマリウス。


「……」

自分の考えを整理するためか、タインが黙りこくって俯く。  


 ぴゃーがタインのトラウズラに熱い眼差しを向けている。


 ぴゃーの顔ごと片手で覆い、視線を切る。不満なのかぐいぐいと手のひらを頭で押してくるぴゃー。


 やめよ、食い過ぎだと言っておろう! しかもあれは食わないのではなく、考え事で手を止めておるだけじゃ!


 ぴゃーとの攻防をしていると、息を吐いてタインが顔を上げる。


「聞きたくねぇ気がするが、まず俺が聞くべきことは全員のフルネームなんだろうな……」


「スイルーン=ソード=アスターじゃ」

「マリウス=クラブ=テルバン」

「アリナ=ブラッドハート=ソード=シュレルです」

「イオ=オゥル=テルバンと申します」


「全部揃ってるじゃんかよ! 魔王、復活でもすんの!? つーか、王族も勘弁してほしいが、剣士スイルーン、聖魔法士マリウスじゃねーかよ!!! 何で若返ってんの!? 何してんだここで! 不穏すぎる!!!!」

頭を抱えるタイン。


「アリナとイオは武器を得るための旅だぞ? 儂はかつての旅路を辿るつもりでおるがな」


 名付けは神殿のオーブに記録する。神官が羊皮紙や布、紙に書かれた名をオーブに写すだけなのだが、オーブに映り込んだ文字と一緒に、「ブラッドハート」「ソード」「クラブ」「オゥル」の文字が現れることがある。


 これらの文字が浮かんだ者は、女神の力が降りやすく、魔王の気に影響を受けない者。


 ブラッドハートは勇者、ソードは剣、クラブは白い杖――回復や治癒――、オゥルは黒い杖――魔法――を表す。


 まあ、ソードが現れても魔法を使う者もおるし、オゥルを持ちつつぶん殴る者もおるので、あくまで多いのは、じゃが。過去の勇者パーティーにはクラブで槍という者がおったしの。


 これらは決まった家に現れるわけでもない。儂自身が貴族から見れば馬の骨じゃったからの。ただ、4つの中で「ブラッドハート」は、ほぼ王家と公爵家にしか現れず、他の文字も一緒に現れることがある。


 「ブラッドハート」を持つことが王位を継ぐ条件になっている。マリウスも「ブラッドハート」を持っているが、継承権を放棄した後は名乗ることはしていない。


 そして、ブラッドハートを持つ者の中で、勇者たるには「女神ラーヌの剣」と呼ばれる剣に選ばれること。


 自身の武器を選んだ時、女神が降臨し剣に祝福を授けるのだ。他の3人は女神の導きにより勇者が選ぶ――国で最初の供をつけるが、勇者の意思で変わることもあるのだ。


「ぴゃー」

「シンジュ様、運動なされば大丈夫ですよ」

「このぴゃーが運動するわけがなかろうが! トラウズラを勧めるでない!」


 話しているうちに、ぴゃーが急に膝から肩を通って背中に周りまた脇腹から出て、ぐるぐると袈裟懸けに儂の体を走る。


他所よそを走ってこい、他所を! どうせ今だけじゃろ!」

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