第38話 ずれた普通の行動
代官たちに見送られ門を出ると、タインが魔馬の隣に佇んでいる。町の者たちは門を出入りする者は少ない、この門は旅人が役人のチェックを受けるためのものなのだ。
「よろしく頼む。アリナ、イオ、話していたタインだ」
魔馬を引いてタインの前に進み、まだ顔を合わせていなかった二人に引き合わせる。
「アリナです、よろしくお願いいたします」
「イオです。お願いいたします」
ちょこんとスカートをつまみ、膝を折り軽く腰を沈める。
「俺はタイン、傭兵だ。で、旦那からは常識非常識のジャッジを頼まれてる。とりあえず、代官たちにならともかく俺のようなもんにその挨拶はいらねぇ」
「正式な場ではもう少しきちんといたします」
「挨拶は淑女として当然ですわ」
困ったように小さく首を傾げるアリナと微笑むイオ。
成人前の子供は誰に対してもこの挨拶で構わぬのだが、アリナとイオは相手と場によって膝をつくスレスレまで深く腰を落とす。女性のあの挨拶はなかなか筋力を使う。
「いや、まあ、淑女に見てもらいてぇならそのまんまでもいいが。普通の住民は頭を下げるか手を振るかぐれぇだからな?」
暗に外でそれは目立つぞ、とタインが告げる。
「この二人は将来のため、多少目立った方がいい。まあ、城にすぐ連絡がいくような場所では儂の都合で控えてもらうしかないが」
慣習的に、王族の武器探しは大々的に報じることがない。武器を探し旅する本人が自分の名を出しよほど目立たない限り、城に報告が行くことはない。
よくわからん、とばかりに肩をすくめるタイル。
「おいおい説明する」
門の側は人が少ないとはいえ、途絶えるほどではない。
魔馬に跨り、旅を始める。
「天気がよくてよかったです」
「そうじゃの」
嬉しそうに笑うアリナに答える。
魔王がいる間は、天気も気候も落ち着かんかったが、今は穏やかな天候が続いている。夏は夏らしく、冬は冬らしく、風景は美しく。アリナとイオの修行としてはいいのか悪いのか。
――ただ旅するにはいいがの。
「おじい様、テレノアというのは実際はどう言う町なのですか?」
「今のテレノアを儂は知らんからの」
魔馬の蹄は硬く、街道を蹴るたび一般的な馬より硬質な音を立てる。
主要な都市の情報は話としては聞いている、だがそれはアリナも同じはずじゃ。王族として国内外の主要な都市の情報は、むしろ儂より把握している。
儂の行ったことのあるテレノアは武器と傭兵の取引で賑わっていた。大分殺伐として切実な雰囲気だったため、賑わっていたという表現は微妙に合わんが。
今は確か、麦や香辛料、糸や織物、鉱物など、素材となるものが中心に売買されていると聞く。
「いい素材を安く手に入れようとする職人がやってきて、テレノアにそのまま住み着いてる奴らも多い。今は加工物の販売も多くなってきてるな。活気があって、滞在してるとこっちも元気になるような町だ」
タインが言う。
「そう言えば、最近話題の新しい織物もテレノアからだと聞きましたわ。テレノア経由で入ったという意味かと思っていましたが、あれはテレノアで作られたという意味でしたのね」
イオがその時のことを思い出しているのか、焦点の合わない視線を前に向けている。
「色々珍しいものを見ることができて、元気になれる町なのですね? それは楽しみです」
嬉しそうにアリナが笑う。
とりとめのない会話をしながら進み、昼になったところで街道を逸れて森に入る。
「だいたいマリウスが火の準備をするうち、儂が何か獲ってくる感じかの。子供たち二人は水汲みか、食える草の採取じゃ。儂らのことは、飯を食いながら話そう」
「おう、俺も一応森の中を見てくるわ」
「獲物は運が良ければで構いませんよ。町から持ってきた食料もありますし、夜にゆっくり狩ってもいい。中天に陽が来たら戻り始めてください」
マリウスが儂らに声をかける。儂らというかタインにじゃが。
そういうわけで、昼飯の調達。見るのは動物の通った跡、この時期に鳥が食べる若芽を出す木や、実のなる木。水辺が近くにあれば、もっとやりやすい。
猪の通った跡はすぐ見つけた。だが、数日張り込むような狩りができるわけでなし、偶然遭遇しない限り獲物は鳥の類が多くなる。
鳥も少し置いた方が美味いんじゃが、まあ旅先ではそう贅沢も言えん。そう思いながらトラウズラを仕留め、処理をする。トラウズラはこの辺りにいる、ウズラの仲間じゃが、少し魔物混じりでウズラの二倍程度の大きさ。羽根に入る模様が虎のようなのでそう呼ばれる。
5羽ほど下げて、マリウスたちの元に戻る。
「マジかよ、旦那は腕がいいな」
一足先にもどっていたタインが獲物をイオに渡しているところで、こっちを見て固まっている。
「この男は魔物ホイホイですからね。この短時間に一匹狩ってきた、貴方も十分腕がいいですよ」
「うるさい、たまたまじゃ!」
別に好きで魔物のいる方にいってるわけじゃないわい。
「たまたまとは言えない遭遇率ですよ」
マリウスの言葉を無視して料理にかかる。
トラウズラはさっさと解体して、フライパンで焼く。ヘーゼルナッツのオイルを掛けながら皮に焼き目をつけ、マリウスに引き継ぐ。そうすると魔法で中まで火を通してくれるんで、早く食える。
「え、いや? なんだ今の?」
マリウスから戻ってきたフライパンから肉を取り出し切り分けていると、タインが儂とマリウスと美味しそうに焼けた肉に忙しく視線をさまよわせて言う。
「おじ様の魔法の操作は素晴らしいの一言です。私もやってみましたが、フライパンごとダメに致しました……」
イオがそう言って俯く。
「お姉さまは、まだ魔力の成長中、魔力量が日々、時々に大きくなるのですもの。あそこまで繊細な操作はできなくて当然ですわ」
アリナが少し怒ったように頬を膨らませて言う。
可愛いのう、うちの孫は。
「そういう問題なのか……? 問題なんだろうな。旦那たちが何者なのか聞くのがこええ」
頭を抱えるタイン。
「日々の食事は最優先事項じゃぞ?」
なにせ旅の間、魔物に隙を見せないためにも、体調管理的にも、時短料理と美味い飯は必要じゃったからの。
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