第37話 風呂

「いったいどういう集まりなんだか知らねえが、俺も流れ歩いてるからな。旦那にも言ったんだが、町で落ち着いて暮らす人たちとはどうしてもズレるぞ?」

 

 儂に言ったことをタインがマリウスにも伝えたが、当面の行き先が一緒ならばということで大人たちで話がまとまった。


 次は子供たち。急を要するならともかく、旅の仲間の意見は平等に聞かんとな。


 館を出て、兵士たちと鍛錬を行う2人の元へ。鍛錬場では、多数を相手に立ち回る2人の姿。


「街道で会ったヤツらから噂話は聞いてたが、本当に少女だな。規格外に強いのも見れば納得だが、やっぱ大人が保護するべき年齢だろ、鍛錬はともかく実戦に連れ出したのはおかしいぞ」


 タインからさっそくダメ出しをくらう。だが、この2人は己の身に納まる武器を探す旅を兼ねている。


「2人には勇者の血が入っておる。あの年ですでに武器探しの途上だ」

「勇者の?」

「シャトではないぞ? だがその血に近い、いや遠い?」

聞き返して来たタインに答える。


 アリナはシャトとも近いが、イオの公爵家がどの程度かはよくわからん。王族の血を引いていることは確かだが、血を残すために婚姻関係がこんがらがっとる。


 鍛錬場に響く少女の柔らかな高い声。大の男を吹き飛ばし、兵を寄せ付けない。その後ろに庇われつつも、少女を守るために強化や複数の敵の誘導に余念がない別の少女。


「勇者の血か……。じゃあ、武運を祈っとく」

タインが言う。


 勇者という理由付けは、儂が旅に出る時に使った「お告げが」みたいなもんじゃ。勇者になるということは、女神の指名に近く、そして女神の望みを叶える者だ。


 女神のお告げと同じく尊重され、勇者として必要な行動はとるのが当たり前だと疑うこともない。


 鍛錬の間に2人を呼び寄せ、タインを紹介する。二人とも異存はないそうで、タインの同行が決まった。


 待ち合わせは明日の日の出、門の外。


 屋敷の門まで送ることはタインに断られた。来る時にすれ違った者たちに手を振りながら、代官の屋敷の中を飄々と歩いてゆく。


 ここは町の者も来るし警備も甘いからの。だからと言って、あそこまで自然体なのも珍しかろう。


 そう思いつつ図書室に戻ると、マリウスが窓の外を見ている。


 む、湯気が上がっとるな。いつもよりちと早い気がするが湯を沸かし始めたのか。


「二人からも同意をもらった」

儂から結果の報告。


「目指すのは街道の交わる都市、テレノアですか。初めてコア持ちを倒した町でもありますね」

「ああ」


 コアというのは、魔王から直々に気を分けられた魔物に出現する、黒い水晶のこと。世界に広がった魔王の気配に、勝手に活性化して凶暴化した魔物たちではなく、魔王が意思を以って強化した魔物の証だ。


「あの水晶はどうなっているのですかね?」

懐かしいのか心配なのか、遠い目をするマリウス。


「行ってみればわかるじゃろ」

閉じられた空間の中で、透明な水晶が輝いているはず。儂の白髪頭と一緒じゃ。


「さて、明日からまた野宿じゃ。風呂にでも入っておくかの」

朝風呂ならぬ、昼下がりの風呂。


 うちの屋敷もそうだったが、他の部屋で湯を大量に沸かし、管を通って各部屋に湯が来ている。風呂に水と湯の二つの蛇口がついており、水の方はいつでも水のままじゃが、湯が出る方は沸かしている時間であれば湯が出る。時間から外れれば両方水じゃがな。


 普段は夕食のパン焼きに合わせて、もう少し遅い時間からなのだが、今日はこの時間から沸かしているようだ。たぶんアリナとイオが、明日の出発に備えて、兵士たちとの鍛錬を早く切り上げたためだろう。鍛錬後に入れるよう、気を使って早めに沸かしてくれたらしい。


 何でわかるかと言うと、湯気が管からもれとるところがあるから。水漏れしとらんか不安じゃが、使用人に伝えても特に気にした風はなかったので、おそらくたぶん大丈夫なのだろう。おおらかすぎんか?


「そういえば風呂の時、シンジュ様はどうされているのですか?」

ふと疑問に思ったのか、聞いてくる。


「肩から背にぶら下がっておるわ」

もういっそぴゃーをタオル代わりにしてやろうかと思った。


「しがみつく服もないのに、器用にぶらさがりおる」

儂の言葉に微妙な顔をするマリウス。


「……洗剤がのこらぬよう気をつけてください」


 一体何を想像したのか、微妙な声色の言葉が図書室の扉を閉める直前、聞こえてきた。いや、洗わんからな?


 あてがわれた部屋に戻り、風呂に入る。旅に不満があるとすれば、これじゃな。夏は水浴びでも構わんが、冬の野外では服を脱ぐのも面倒になる。


 ぴゃーは完全防水というか、透過させているようで、儂が湯に浸かっても濡れない。消えている状態は全部透過なのかの?


 よくわからん生態だし、何のために儂の背中にいるのかもわからん。本当に聖獣なんじゃろうな?


 隣の部屋からアリナとイオの笑い声が漏れてくる。どうやら鍛錬を終え、戻ってきたようだ。


 慣れない野宿に疲れた様子も嫌がる様子も見せない2人だが、やはり風呂は嬉しいらしい。

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