第36話 町を歩けば

「俺は傭兵だ。町に定住しているやつらとは、感覚が違う。俺が指摘できることと言ったら、旦那の口調が歳に不似合いなところくらいだぞ?」

タインが困ったように頬を掻く。


「口調……」

「じい様にでも育てられたのか? 旦那の年齢にはそぐわねぇ」


 いや、儂は立派なじい様で……。


「……」

「飯を食うのがやたら早くて驚くが、まあ、男の早飯早支度は芸のうちって言うし」


 それはぴゃーじゃ! 肩をすくめるタインに心の中で叫ぶ。


「……顔合わせがうまくいくようならば、とりあえず次の町まで一緒に行動し、忌憚きたんのないところを頼む」

「どうせ向かう先は一緒だし、俺としてはそれで稼げるならいいけどよ」


 そういうことでまとまり、代官の屋敷へ。かたっ苦しいのは好かないと言うので、タインの宿は飯屋の2階にとった。


 町をぷらぷらするつもりでいたが、顔合わせが優先じゃ。それでも来た時とは別な道を通る。


 人気のない路地、左右の家々の前には派手ではないが可愛らしい花々が植えられ、素朴な町を彩っている。小さな花が風に吹かれてゆらめき、壁を伝う蔦がさわさわと音を立てる。


 花を育て愛でる余裕がでてきたのはいいことじゃ。そう思っているとふいに視界が歪む。石畳は無事、先に続く路地はねじれ色が混じって見える。歪んだのは儂の視界ではなく、目の前の空間そのもの。


「む」

「陽炎……じゃねぇな」

タインが剣の柄に手をかけ、すぐ抜けるよう鞘の金具を親指ではじく。


「ぴゃー!」

疑惑の聖獣、お前今まで満腹で寝てたろ! 遅いわ!


「空間が歪むのは、転移か魔王の気が集まった魔物の生まれる前兆じゃな」

魔物と呼ばれるものは、元からこの世界にいるものや、魔王の気が凝って新しく生まれるもの、取り憑いた物など様々だ。


 ――まあ、要するに魔王の気が強いモノたちは全部魔物じゃな。


「誰か転移してくるなら、このような街中は選ばんじゃろうし、そもそも空間を繋いだ後にここまで時間はかからん。――水焔すいえん

儂の声に呼応して、左の手のひらから剣が浮かび上がる。


「魔王はもういねぇだろ?」

「まだ魔王の気は薄く世界に残っておる。それがより集まったのじゃろうよ」

「このタイミングで濃くなんなくてもよくねぇ?」

嫌そうな顔を歪みに向けたまま、タインが言う。


 すまんな。儂が出歩くとよくこういうことにゆきあたるんじゃ。儂が出歩かなくても生まれてたじゃろうし、すぐ始末できることは幸運だと思って諦めてもらいたい。


 一つだった歪みは色を持ち、ぐねぐねと動いて二つに別れ形を作ってゆく。


「話に聞いたことはあったが、妙なもんだな。二匹か?」

「こっちが二人じゃからな。コレは近くにあるものの姿を写す。それも動かんものより動くものの姿を優先する。一匹任せたぞ」

「あいよ! 切りゃあいんだろ?」


 平な歪みが空間から抜け出すかのように、立体に変わったところで一閃。まだ世界に馴染まず、実体を持たない生まれたての魔物は、簡単に散って形も残さない。


 遅れてタインの攻撃の剣風が起こり、もう一匹も姿を消す。


「もう新しい魔物は生まれねぇのかと思ってたぜ」

ため息をつきながら剣をしまうタイン。


「この町は早く整い過ぎた。魔王の気が十分薄まる前に女神ラーヌの気が満ちて、混ざることも消えることもできずに集まってしまったのじゃろう」

儂も水焔をしまう。


 バタン、と音がして近くの民家の扉が開く。タインがびくっとして、そちらを見るが、出てきたのはその家の住民らしき女性。


 慌てたように歩き始めた女性にすれ違う時会釈して、こちらも歩き始めるようタインを促す。路地に人の気配がないと思っていたが、住人たちは自覚がないまま魔王の気を避けていたのかもしれない。


「これ、倒してもまた集まって魔物になるのかね?」

「可能性がないこともないが、散ったものは女神の気と混じって落ち着くはずじゃ」


 魔物が生まれる場面を他の誰も見ておらず、体も残らんのでどこからか報酬がでることもないじゃろう。タインはタダ働きになったの。


「旦那、詳しいな」

「本職じゃからの」

「俺も本職なんだがな。旦那は魔物特化か」


 傭兵は魔物の討伐依頼も受けるが、人同士の争い事にも雇われる。


「まあな」

一応、領地を治めたり貴族の仕事もしておったが、そっちは今は引退したしの。


 その後は何事もなくすぐに代官の屋敷に着く。代官の侍従と家宰を兼ねる秘書のような者に断り、タインを中に入れる。


 まずはマリウスのいるだろう図書室に向かい、目当ての人物を探し当てる。探すと言っても、図書室の中は壁一面本棚ではあるものの、身を隠すような独立した棚はない。


「あなたは門で金袋を投げてきた……」

「よく覚えておるな」

一瞬見ただけだろうに。


「スイと違って、まだ頭は確かです」

「儂とて頭ははっきりしとるわ! 老人扱いするでない」

「ふむ、確かに。歳を重ねた落ち着きとも程遠いようですしね」


 おのれ、ああ言えばこう言う!


「騒がしくてすみませんね。初めまして」

 ひとしきり言って満足したのか、儂からタインに視線を移す。


「あー、初めまして。俺はタイン、この旦那の仕事依頼前の面通しに来たんだが……」

「依頼?」

そう言って儂を見るマリウス。


「次の町まで移動するのはタインも確定での。それまでの間でいいから、少し今の町での一般常識を教えてくれんか頼んだんじゃ」

「一般常識……」

ついっと目を逸らすマリウス。

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