第35話 縁のある男

「旦那?」

「ん? おお――」

呼びかけられた気がして、声のした方を向けば傭兵がいた。


 名前はなんじゃったかの? 猪肉をもらった村で一晩一緒に過ごし、猿の魔物を倒した仲じゃ。


「タインだ」

儂が言葉に詰まったのを察して、名乗ってくれたようだ。


「どうしたんじゃこんなところで」

「職探し中。おう! こっちにも酒と料理たのまぁ!」

肩をすくめて言い、半身を捻って店内の喧騒に負けない声で店員を呼ぶ。


「パイよりソテーの方が美味かったぞ」

「知ってる。朝に来りゃ、出来立てで旨いんだがな」

「ほう?」


 どうやらこの町にも詳しいようだ。傭兵らしくあちこち渡り歩いているのだろう。


「ここの魔物の噂を聞いてきたんだが、一足遅かったな。倒したのはやっぱり旦那かい?」

言いながら、カウンターの儂の隣に腰掛ける。


「倒したのは儂の――連れじゃな」

孫娘といいかけ、思いとどまる。何歳の時に子を作ったとか言われそうじゃからの。


「旦那みたいに強いのが他にうろついてんのか。商売上がったりだ」

カウンター越しに出された酒を受け取り、注文をすますタイン。


「自慢ではないが、同じように強い者は稀だと思うぞ」

なにせ元勇者一行二人と、勇者候補、魔女候補じゃからな。


「旦那、これからどっち行くんだ?」

「なんじゃ? 気になるか?」

「仕事探しに逆方向に行こうと思ってね」


 魔物を倒すことで金を取るのなら、それが妥当じゃな。


「そういえば、報酬のこと改めて礼を言う」

「たまたま間に合っただけだ。あそこで別れておいて、すぐに会うっつーのもちと恥ずかしくって、声をかけようか実は迷った」

笑うタイン。


「それにしてもゆで卵、本当に好きなんだな」

「ぴゃー」


「……」

酒の入ったジョッキを傾けたまま、固まるタイン。


 ……もしかして、ぴゃーの返事が聞こえたのか? ああ、そうか返事だから? 


 タインの視線は儂の顔、そして逸らされる。


 待て、その反応! 確実に儂が変な声を上げた気がするけど、気のせいだと思おうとか、聞かなかったことにしようとか、そうあれじゃな!?


 違う! ゆで卵を食うのも変な声を上げたのも、この膝の上のぴゃーじゃ! って、この状況でゆで卵を食うでない!


 タインが前を向いて酒を飲み始めた。


「……ここだけの話じゃが、ゆで卵を食っとるのは聖霊じゃ。儂ではないぞ」

保身に走る儂。


 聖獣と言わなかったのは、タインに見えておらず聖霊のほうが通りがいいからじゃ。聖獣は普通、このような雑多な場所にはいない。では聖霊はいるのかと言われると微妙じゃが、好奇心旺盛なモノは一時的に寄ってくることもある。


 通りすがりの2度と会わぬような者には多少の誤解を持たれても構わんが、この縁がある傭兵に、しかも現在隣にいる状態で誤解されるのは微妙じゃ!


「そうなのか?」

「そうじゃ」

その気のない返事、信じてない、信じてないな?


 相変わらず聖獣の力をこのしょうもない偽装に使っておるので、儂が食ってるように見えているのじゃろう。目に見えるものを信用するのは仕方がないこと。おのれ、ぴゃー!


「そういえば宿は決まっておるのか?」

「食い終わったら、ここの上が空いてるか聞くつもりだ」

食堂の2階は宿屋であることが多い。


 ソテーを受け取って、食い始めるタイン。健啖家のようで、大ぶりに切った肉をあっと言うまに胃に収めてゆく。


「代官の屋敷に一緒に来ぬか?」

「魔物がいないんじゃ、仕事にならねぇ。代官と顔を繋いだってしょうがないだろ」

ソテーを飲み込み、言う。


「いや、儂の旅の仲間から了承が出たらじゃが、次の町に移動するまでの期間、仕事の依頼をしたい。どうせ街道が分かれるのは先じゃろ」


 猿の魔物を倒した村、報酬を受け取った町からこの町まで、同じ街道が続いている。もちろん枝道もあるが、それは小さな村などに続く道だ。この先大きな街道の別な道が交わるのは、次の大きな町になる。


「旦那も旦那の連れも強いだろ?」

酒を飲んで答えるタイン。


「護衛の仕事ではない」

「荷物持ちかなんかか?」

「儂ら4人に常識を少々教えていただきたい」

まずどの行動がおかしいのか、そこから頼みたい。


「……」

少し頭を引いて、胡乱気な目でこちらを見てくるタイン。


 目を逸らさずタインを見る儂。良い印象を持った者との2度目の再会、縁があるのなら大切にしたい。


 ぴゃーが背中に戻るため、儂の膝から胸をよじ登り、儂の顔半分を柔らかな毛で埋めながら肩を伝って背中に戻る。……お前、少しはタイミングを考えろ!!

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