第34話 尾鰭
代官の家に宿泊すること二日。
儂やマリウスはいいが、アリナとイオには休息がたっぷり必要じゃ。風呂に入って、夜露をしのげる屋根のある部屋、清潔なベッドで眠る。
昼間は騎士と魔法使いに実践的な戦い方について、教え教わり過ごす。――アリナとイオが。今までの修行の環境がそうだったため、二人は騎士たちに囲まれることに慣れておる。
代官の家は代々続く古い家だそうだ。話を聞くと、領主の家よりも血筋がいい。領主が交代しても、代官として代々この地を見て来た家系だそうだ。町の者たちにも慕われているようで、おそらく他の者を立ててもこの場所の経営は上手くいかないだろう。
「それはさぞ古い伝承や書物をお持ちでしょうね」
にっこり笑うマリウスの圧に、家系図や土地の伝承を集めた書物の閲覧を代官が許可した。
当然ながら部屋からの持ち出しは止められたため、現在マリウスも代官の家にこもっている。
儂は一人で町をふらつく。書物でしか得られん知識があるというが、実際に見て聞いてしか得られない知識もある。というか、こんないい天気になんで部屋にこもっておらにゃいかんのじゃ!
せっかく書類仕事から解放されたというのに、なんで本なんか読まにゃならんのじゃ!
町は古い建物がよく手入れされ、通路も住民たちによって掃き清められている。広場には女神の神殿に手向けるためか、花を持った人々がちらほら。
朝に祈りを捧げに行く者が多いが、朝くらいうちから働く者は、昼の時間に抜け出して祈る者もいる。
王都は人が多く雑多で入れ替わりも激しい。逆にこの町は小さく古くから住む人たちが多く、安定し変化の少ない町なのだろう。建物の様子からして、魔王出現時もおそらく大きな被害は受けてはいない。
女神の影響が大きい町じゃな。
「ぴゃー」
神殿を横目に、広場を横切ると良い匂いが鼻に届く。そしてその匂いに儂が気づく前にぴゃーが鳴く。
こいつは本当に聖獣なんじゃろうか? まあ、儂もそろそろ何か腹に入れたい。
匂いにつられて、店に入る。店の外、広場に並べられたテーブルと椅子はいっぱいじゃが、店内はなんとか空きがあった。
「今日はミートパイとソテーだ。すぐ出せるのはミートパイ、どっちがいい?」
カウンターで店主に料理を頼んでから座る仕組みだ。
「両方頼む」
「酒は?」
「もらおう」
王都と違い、大抵の食堂はその日にできる料理を1、2種類しか作らない。場所によっては煮込みだけ、ということもある。
「ああ、すまん。別に金を払うから、ゆで卵はできるか?」
ぴゃーが背中でもぞもぞするので聞いてやる。
できるとのことなのでそれも頼み、席に座るとすぐに酒とミートパイが持ってこられた。
「ぴゃー」
ぴゃーが膝に移動して来て、ミートパイに向かって鳴く。
「まて、儂が一口食ってからじゃ!」
動物は食う順番が序列じゃ。
ミートパイはまとめて焼かれ、熾火の燻る窯にしばらく入れられていたのか、少々ぱさつく。上にケチャップがたっぷり、中身はソースが絡んだ鶏肉に、ゆで卵が一つ。――ゆで卵の注文はいらんかったの。
牛肉か豚か、そっちの肉じゃと思っておったが、よく考えたらこの町は肉は鳥しか食わんようなことを言っておったの。出来立てはこれよりうまいんじゃろうか?
「ほれ、食え」
皿を近づけると、あっという間に食い尽くす。
口はそう大きくないように見えるが、食うのが早い。今まで見て知った動物とは違う、謎の仕組みをしておる。やっぱり聖獣なんじゃろうか?
とりあえずケチャップのついた顔を拭ってやる。儂の背中につけられてはかなわんからの。
酒は麦酒で、こちらはなかなかうまい。これはぴゃーにはやらん。
酒を飲みながら周囲の話を聞くとはなしに聞いている。話題は出没していた魔物、少女たちが倒したこと、街道が血まみれだったという
飲んでいる間に鶏肉のソテーとパンに緑色のディップが塗られたものが届く。このディップはねっとりとしていてバターとチーズの中間のような味がする。正体は、この町でよくとれる果物。
そのままでは味が薄いが、焼くと味が変わるそうで、このディップも一度焼いてから潰しているそうだ。
添えられた野菜が少々焦げ気味なのが残念じゃが、ソテーは皮がぱりっと仕上げられ、肉の汁気も多く申し分ない。
こちらも半分ぴゃーにやる。ぴゃーがいていいところは、色々な料理が少しずつ食えるところじゃの。代わりに儂が落ち着いて思う存分食うとなると、こいつが茄子のようになるまで先に食わせねばならんが。
魔物を倒し運んだ儂らの噂話は、好意的なものが多かったが、街道の惨状なるものが尾鰭背鰭がついて泳ぎ出しておったので、次回は気をつけるとしよう。ただ問題は、どう気をつけていいか儂がわかっていないところじゃ。
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