第33話 戦時と平時
二人の
「倒していただいてこんなことを頼むのは恐縮なんですが、お手間がなければ魔物は街道の上ではなく、こちらに寄せていただけますか?」
笑顔を貼り付けて
「……血が……」
若い方の警邏が儂らの後を遠い目で見ている。
街道に点々と血が滴った後。うむ、もう大分歩いたからぽつぽつと垂れとるだけじゃな!
「失礼する」
断面を見せていた魔物二つに、使い古された荷を包むための布がかけられる。
「この辺りではアヒルや鶏などの
すまなそうに年嵩が言う。
いかん、どんびかれておる!
牛や羊を飼って食う、猪や鹿を獲る生活圏ならばともかく、免疫がないか。大きな魔物を見ることも稀になった。
魔王討伐の
「時代は変わりましたね」
ぼそりとマリウスがつぶやく。
魔物は布で衆目から隠され、街道の際の草むらの上を運ばれる。
「平和になった証拠、いいことじゃ――と、言いたいところじゃが、少々早すぎる」
倒した魔物を見ないようにしようとも、実際危険な魔物はまだまだいる。
昨年はヒドラが隣の国に出た。今回倒したクラスの魔物は、ヒドラより弱いとはいえ遥かに出現率が高い。それらを倒すため、備えるために儂の孫娘、アリナも剣を取っている。
「どうも地域によって魔物に対する温度差が激しいようですね」
街に向かい、歩きながらため息をつくマリウス。
若い警邏は一人町に走り、一人は後ろからついてくる。
「王宮には、薔薇の棘に傷つき指先に血が盛り上がるのを見て気絶されるかたもおられます。それでも戦いに赴く方々のために祈り、加護の刺繍を。私は剣を帯びる方が戦うべき時に戦わずにいるのは軽蔑いたしますが、戦いに向いておられない方が、剣を取らずに済む世界は幸せです」
イオが前を向き表情を変えないまま話す。
実際に戦うことを知らぬ者たちも、戦う者たちにきちんと想いを馳せていることを伝えつつ、どうやら今の平和を作り出した儂とマリウスを遠回しに労っているらしい。
回りくどいのは、マリウスの一族の血か? まあ悪い気はせん。
「おじい様たちは素晴らしいです!」
笑顔のアリナ。
うちの孫は可愛いのぅ。
「ぴゃー」
うむ、ぴゃーもそう思うか。うちの孫は可愛い。
広場で町の人々に魔物を見せることはなかったが、代官の屋敷の庭で、騎士たちに囲まれ、アリナとイオが賞賛を受けている。
「見事な切り口です!」
「我ら、この魔物の速さを捉えることさえできずにいたものを」
「ここまで魔法で運んでこられたとか。私には制御が下手で、とても。その歳でゆらめかせることなく、一定の高さを保つことができるなんて……っ!」
魔物様子を詳細に見ては何やら言い合う者たち、アリナとイオに話を聞きたがる者たち。魔物の隣、酒と料理が出されている。
「あの魔物の対処のために、領主様に派遣していただいた騎士と魔法使いの方々です。代金はこれから用意させていただきますが、買い取った魔物は後学のため解体し性質や絵姿を残します。ここでお伺いしている魔物とのやりとりも記録させていただきます」
おだやかそうな代官が言う。
ここにいる魔法使い――いや、魔法使いと一般に呼ばれる者たちは、『魔女』より魔力も魔法を使う能力も低い。『魔女』、あるいは『魔女』候補と呼ばれるイレーヌとイオは特別じゃ。ちなみに使い手が男であっても何故か『魔女』と呼ばれる。
「町の様子に不安になったが、魔物への対処はまともじゃの」
アリナやイオを幼いと侮ることもない。
「民は平和に、戦うのは貴族や騎士だけでいいというのが、貴族たちの流行りです。もっとも魔物を森で追って、矢の一本も当てられない不甲斐なさでしたが」
少しおどけて代官が言う。
「罠も避け、人を襲う時も決して止まらないと聞いた。あの勢いでは魔法の膜も普通では速さを殺せんじゃろ」
イオやイレーヌならば強い膜を突っ込んでくる魔物の前に作り出し、動きを止めることも可能じゃろうが、少々魔法が使える程度の者では、作り出した膜は濡れ紙のように簡単に破られるだけだろう。
「魔法を使う者を集め、五枚以上の膜を張ることをお勧めしますよ」
マリウスが言う。
「なるほど。参考にいたします」
メモを取り、魔法使いと騎士に早速話にゆく代官。
「久しぶりの魔物との対峙、戦いはともかく、その後の対処はだいぶ変わっていますね。戦時と平時で違うことは分かっていたつもりなのですが……」
自分自身を常識人だと思っていたらしいマリウスが、珍しく困った顔をしている。
諦めろ、お前もこっち側じゃ!
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