第31話 泥団子
アリナにマントを掛け、寝息を聞く。
ほっぺたがぷにっと顔に幼さが残る。隣のイオはすでに陶器のようなという形容が似合いそうな顔をしておるが、ほっそりした首筋はやはり幼さを感じさせる。
勇者、魔女、神官、剣士。儂とマリウス、イオは確定。アリナには勇者の素質と、わしと同じ剣士の素質があるのは分かっていた。できれば後者、儂の剣士を継いで欲しかったが、女神の降臨と言葉で確定してしまった。
勇者は神々を降ろす器でもある。
もう少し守られる子らでいてもらいたいんじゃが、朝に釘を刺されている。今代は魔王討伐はないと言われているが――。
「……」
マリウスが身じろぎをする。
眉間に綺麗に揃えた指を当て、目眩を堪えているかのような仕草。
「どうした?」
おそらく女神に強制的に眠らされたため、一瞬自分がどこにいるのか、何をしているのか分からなくなったのだろう。
予想はつくが、言葉には出さない。
「いえ……。私はもう休みます」
腑に落ちない顔のままカードをしまい、寝床を整えるマリウス。
野宿は久しぶりじゃろうに、慣れたものだ。
「ぴゃー」
「うむ。わしらも寝るとしよう」
木の幹に寄りかかり、剣を抱えて――ぴゃーを腹に抱えて眠る。
翌日。
「おじい様……」
「申し訳ありません。淑女として、このような姿を晒すなど……」
横たわったままぷるぷるしているアリナとイオ。
「初めての野宿、仕方あるまい」
柔らかなベッド以外で初めて夜を明かした二人は、どうやら体が痛くて起き上がれないようだ。
寝相のいい二人は寝返りも少なく、もしかしたら痺れもあるやもしれぬ。
「回復をかければすぐ治りますが、これからもありますし、慣れておいたほうがいいでしょうね」
「確かに寝起きで毎度、魔法をかけるのもな」
マリウスに同意する儂。
「その程度の魔力、使ったうちには入りませんわ」
「今は平気ですが、敵がいる領域などで魔法を使用すると居場所を教えてしまうこともあるのですよ」
回復をかけようとするイオを嗜めるマリウス。
「少しずつ体を伸ばして血を巡らせよ。動けるようになった後なら魔法を使ってもかまわんじゃろ。マリウスも慣れるまでは回復を使いまくっとったからの」
儂の言葉にすっと視線をそらすマリウス。
二人とも慣れていないだけじゃ。ただ、すぐ治してしまうのではなく、魔法を使えぬ場合もあるので、他の回復方法を知っておくことは必要だ。ついでに自分の体の状態が、何をしたらどうなるというのを知っておくことも。
朝飯は燻製卵とパンとチーズ。猪の脂を細かく切って、その辺の食べられる草を加えたスープ。
なお、燻製卵はぴゃーも他のものを食べたがったため、代わりに没収したものだ。
「さて、出発じゃ」
魔馬に乗り、街道をゆく。
「種を蒔いているのですよね? それでいいのですか?」
儂の腕の間からアリナが見上げてくる。
今日は、儂の魔馬に一緒に乗っている。せっかく一緒の旅じゃ、たまには一緒に乗りたい。
「うむ。この野菜の種のうち、いくつかが根付けば良い。他は鳥や動物たちの餌じゃ」
「本当にばらまいているだけですが、これでなかなか根付くものも多いのですよ」
マリウスも街道の反対側の森に向かって、馬上から種を広がるように投げている。
いい加減でお手軽じゃが、こうして余裕のある旅人が街道沿いに野菜の種を蒔く。
「今朝食べたスープの草、あれも大根の葉じゃ」
「大根の? 本でみたものと随分違います」
イオが不思議そうにこちらを見る。
「きちんと手入れをすれば、葉ももう少し上に向かって大きく綺麗に生えるんじゃがな」
森の中に生える大根は、タンポポのように地面に広がって生えて、そしてゴワゴワ、野菜として可食する根の部分は細くおおよそ大根とは思えない。
それでも旅の間、安心して食えるものが手に入るというのは大きい。
「ほれ、もっと根付き易いものもあるぞ。投げてみろ、これはなるべく遠くにじゃ」
種を包んだ小さな泥団子、泥で包めば根が出て芽が出るまで、小動物に食べられる危険が減る。
「はい」
嬉しそうに泥団子の入った袋を受けとる。
見るとマリウスもイオに種の袋を渡し、面倒ごとを押し付けてやった、みたいな顔をしている。
「これはなんの種なのですか?」
「チシャじゃの」
「チシャさん、美味しく育ってください」
笑顔で手に乗せた泥団子に願い、森に向かって投げるアリナ。
さすがというか、大人顔負けの飛ばしっぷり。イオの投げた泥団子が放物線を描いて、すぐ近くにがさっと落ちた音を立てるのに対し、アリナの投げたものは真っ直ぐ木々の間を抜け、軌道上にある葉をちぎり飛んでいく。
いやこれ、木に当たったら泥団子が砕け散るんじゃないのか? なるべく遠くにといったのは儂じゃが。
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