第30話 女神

 朝日を浴びながら魔馬に揺られ、昼は木陰で飯を食い、そのまま木陰で休む。また魔馬にまたがり、葉擦れの音を聴きながら木漏れ日の中を進み、夕刻休むのに良さげな場所を見つければ、まだ陽が高くともそこにとどまる。そしてアリナと一緒。


 うむ。理想的なのんびり旅じゃ!


「おじい様、昔見せてくださった真ん中の飛ばし方を教えてください」

アリナが細長い葉を持って、イオと揃って儂のところに来る。


「ああ、葉脈飛ばしか。その葉っぱは手を切りやすいから、手袋をするんじゃ」

葉脈飛ばしは、真ん中に固い葉脈を持つ細長い葉でやる簡単な遊びじゃ。


 葉脈の左右を裂いて握り込み、固い葉脈は親指に乗せて空に向ける。裂いた葉を勢いよく引けば、葉脈が飛び出す。


「おお、よく飛んだ。さすがアリナが選んだ葉じゃ」

笑いながら言うと、アリナが照れたように笑う。


 可愛いのう。


「ぴゃー」

「お前じゃない」


 昼もしっかり燻製卵を食べおって、お前そのうち卵を産むんじゃないか? 腹が垂れ下がっとるぞ?


「孫馬鹿ですねえ」

「うちのアリナが可愛いのは事実じゃろうが」


 アリナとイオが葉脈を飛ばし合うのを眺めつつ、マリウスと言い合う。


 イオがアリナより飛ばせずムキになっているようじゃ。アリナと張り合って機嫌が悪くなることはないが、ただの遊びを独り言を漏らしながら分析し始めた。


「おぬしに似てるのう。負けず嫌いな上、細かいことまで理詰めで考えたがる」

昔、ただの遊びになにやら妙な数式を持ち出したのが隣におる。


「今では私の方が飛ばせますよ」

「あれは楽しくやればいいんじゃ」

「――楽しかったですよ」

「……まあな」

エスカレートして喧嘩になることもあるが、遊びは本気でやる方が楽しい。


「最初の目的地はどこなのですか?」

「――アルテの廃墟」


 魔王の支配域を広げるために行動していた魔物の中で、最初に倒した魔物。最初の、とつけたからにはマリウスも儂が討伐の旅をなぞる気でいることを、わかっていて聞いてきたのだと思う。


「観光しつつのんびり行くつもりじゃ」

「穏やかな海も見たいですね」

「ああ」


 荒ぶって海底の砂を巻き上げる茶色の海しか見たことがないからの。もしくは黒か。


「とりあえず夕飯はどうしますか? キノコや野草の類は昼に採ったものがありますが」

「今日はこれじゃ!」


 猪肉をファデルという大きな葉に包んで数日。猪肉は獲ったばかりは固かったり、時期によっては臭いが酷かったりするが、この葉に包むと香りが優しくとても食べやすい肉に変わる。


「おや、猪肉ですか?」

葉を開くのを覗き込みながらマリウスが言う。


「うむ。村でもらったのでの」

話しながらそれぞれ準備を始める。


 マリウスは火を、儂は肉の切り分けを。薪は野営の場所を決めた時に、周囲の確認がてら集めてある。


 陽が落ちて、あたりが暗くなる頃には赤々と燃える火にかけられた、鍋を囲んでいた。


「柔らかい」

「とろけるような、というのはこう言うことですのね」


 薄く切って煮た肉は、脂が甘く溶けている。豚や牛のあまりよくない脂は、口や舌をおおうように残るが、この猪肉の脂は口をさらりと流れる。


 もちろん出汁は別に入れてあるが、キノコも野草も猪肉から滲み出た出汁を吸ってさらに美味い。


「ぴゃー」

「お前はもう卵を食ったろうが」

「ぴゃー」

「これ以上食ったら下半身が垂れ下がるぞ」

すでに卵を食って、腹が重くて伸びとるくせに。


「シンジュ様、こちらを」

椀に盛った猪鍋を差し出すマリウス。


 甘やかしおって。マリウスは聖獣だから太らんし、食の偏りで健康に影響はないと言っておるが、どう考えても伸びてるぞ。


 腹一杯食って、それぞれ寝場所を近くに見つけて横になる。柔らかな草の上にマントを敷いて、くっついて横になったアリナとイオからすぐに寝息が上がる。本格的な野宿は初めてだろうが、今日は風もなく暑くも寒くもないので幸いだ。


 マリウスとイオとで、結界のようなものを張っているため、寝ずの番は必要がないのだが、何となく焚き火を見ながら起きている。まだ寝るには少々早い時間で、マリウスもカードを持ち出し、暇を潰している。


 いや、あれは神官のする占いを模した精神集中の方法だとか、なんか言っておったの。


 不自然に止む虫の声、アリナとイオの寝息、マリウスのカードを手繰る音。イオの隣でアリナが起き上がり、そのまま宙に浮く。


『勇者、魔女、神官、剣士。なりかけが混ざっておるが、ようやく旅の仲間が揃ったようだ』

聞き覚えのある鈴を転がすような声がする。


 声はアリナから出ているが唇は動かず、体全体が白銀に淡く光っている。


「女神ラーヌ、孫娘の体を使うでない」

『勇者の血筋、使いやすいのだ。今回は聖獣も――聖獣?』


「何故言い淀む!?」

ぴゃーか? ぴゃーだからか!?


『うむ、いや立派な聖獣じゃ。――聖獣もいることだし、のんびり欠片を集めるが良い。そなたの望みのために』


 地に足をつけると淡い光が大地に溶けるようにアリナの体から消える。女神ラーヌは去ったようだ。ふわりと大気に支えられているかのようにアリナが倒れる。


 おい、ぴゃーの聖獣じゃない疑惑が増えたぞ!?

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