第29話 燻製卵
「おじい様……」
アリナが涙目でこっちを見上げてくる。
「……」
イオは無言でアリナの肩に手を添え、儂とマリウスをじっと見つめる。
「……うっ」
脂汗をかきそうじゃ!
帰ったらアリナとイオが起きておって、置いていったことを責められている。言葉ではなく、泣きそうな顔で。
二人とも昨日手に入れた本がどういうものかは分かっておる。幼いながら勇者候補、魔物の気配には敏感だ。イオに至ってはイレーヌの弟子、当然ながら封じの術が師匠のものであることは分かっていたであろう。
「アリナは勇者を目指します。頼りないのは分かっておりますが、おいてゆかないでください」
泣きそうなのは悔しさから。
孫のこの顔は心に刺さる。
「私たちはこの旅を勇者へと至る修行と心得ております。強さはおじ様、アスターのおじ様には及びませんが、自分の身を守る術も持ち、逃げるべき時も心得ているつもりです。学ぶ機会をどうぞ奪わないでください」
イオが腰を落として頭を下げる。
マリウスは魔物に遭う機会はこれからもあるとどこ吹く風、むしろぴゃーのほうがいつもより下にずり下がり、完全にマントの中に隠れておる。
「孫に弱すぎですねえ」
「うるさい!」
アリナと和解のハグをして、宿の朝食。
メニューは、目玉焼きとベーコンとベークドビーンズが乗ったトースト、でかいソーセージ、焼いたキノコとマッシュポテト。別料金で新鮮な牛乳と果物。
「やはり一皿に乗っておりますのね」
イオが盛られた料理を興味深そうに見ている。
辺境に住んでおった儂は好きにやっておったが、貴族の食事は働くためでも、身体に良いという理由でもなく、自らのステータスを誇示するためなことが多い。朝食用の部屋、高い皿、珍しい食材、召使いがついて、少しずつ供される。なんというか儀式的じゃ。
「私は好き、あつあつですもの」
にこにことアリナが目玉焼きの乗ったトーストを口に運ぶ。
「ここのマッシュポテトはいい味ですね」
微笑みを浮かべてマリウスが穏やかに言っとるが、こいつは猫舌なんで他は後回しにしとるだけじゃ。
イオもまだ手をつけておらんので、おそらくイオもじゃろう。血筋か?
「おい、また10個も食うやつがあるか」
儂が見られとるじゃろが!
「ぴゃー」
ゆで卵を完食して満足げなぴゃー。
まあいい、ゆで卵漬けも町にいる間だけじゃ。
「はいよー! 昨日注文の燻製ゆで卵、30個!」
「な、なに!?」
宿屋の女将が威勢よく声をかけてきて、小さくない包みを机に置く。
「三日以上は腹を壊すよ! まあ、心配するのは食い過ぎの方だろうけどねぇ」
包みをマリウスに渡し、儂の方を見て言う女将。
「ありがとうございます。約束の半金です」
マリウスが笑顔で対応する。
どうやら燻製はマリウスが手回し良く頼んでおいたものらしい。しかも30個。
「お前、ぴゃーを甘やかしすぎだろう!? しかもどう考えても儂が食うと思われとる!」
微妙な笑いを儂に向けた女将が離れたところで文句を言う。
「聖獣様に供物を捧げるのは当然のことです」
澄ました顔で茶を飲むマリウス。
「おのれ……っ」
背中で上機嫌の気配がする。マリウスの背中にひっつけばいいものを。
馬屋に寄って街を出る。
「旦那!」
聞いたことのある声に振り返ると、村で魔物を一緒に倒した傭兵がこちらに走ってくるところだった。
「間に合った! これ旦那の分!」
門を出て、すでに馬上の儂に何かを投げてくる。
「おう、わざわざ届けてくれたのか」
投げられたものをキャッチして傭兵に笑う。どうやらこれは報酬の入った金袋だ。
「またどこかで!」
「またどこかで」
笑顔で手を振る傭兵に振りかえし、前を向く。
「おじい様、今の方は?」
「ちょっと前に、ここから少し離れた村で一緒に魔物を討伐した傭兵じゃ」
アリナに聞かれて答える。
「傭兵さん?」
「うむ、傭兵さんじゃ」
孫は首を傾げる仕草も可愛い。
「この男は人の顔は覚えられても、名前は覚えないたちなんですよ」
マリウスが口を挟んでくる。うるさい。
「数日の間に、魔物を二体……いえ、シンジュ様とお会いした時にも何体か。魔物が増えているのではありませんか?」
イオが形のいい眉をかすかに寄せる。
「ええ。そろそろ人の反撃の痛みを忘れ、隠れていた魔物が近づいてくる頃かもしれません。ですが、それとは別にこの男が何故か魔物がいる方に寄っていくんです」
儂の方を見て、わざとらしく小さなため息をついてみせるマリウス。
「魔物の気配に敏感、観察力があると言え!」
孫の前で何を言い出すんじゃ。
「全く気づいておらずに、人に化けている魔物の棲家に一夜の宿を求めたこともありますよね?」
「あれは全員同意したじゃろが!」
「私とイレーヌはあなたたちが気づいていて、討伐のためにわざと選んだのかと思っていたんですよ……」
遠い目をするマリウス。
「困っているものや魔物の情報があれば何とかしようとするシャト。そのシャトに文句を言いつつ、右と左、どちらかに魔物がいれば、何故か必ず魔物がいる方を選ぶあなた。道中本当にどうしてくれようかと――」
「おじ様……」
イオがマリウスに同情の眼差しを送る。
「たまたまじゃ!」
「ぴゃー」
よし、ぴゃーもたまたまだと言っている!
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