第28話 本の魔物
「では封印を解きますよ」
「封印を斬ってはいかんのか」
「イレーヌにバレますよ。誰の施した封印だと思っているんですか」
暗いうちから町の外に出て、魔物の封じられた本と対峙している。騒いだところで声の聞こえぬ距離、町の誰かがこちらを見ても視界を遮る立木を挟んだ窪地。
「まあ、あの時飽きていたのは貴方だけではありませんね。この封印は彼女にしては随分荒い」
そう言いつつ、用心のためか胸から杖を取り出すマリウス。何事か唱えながら、朧に光る杖の先でコツンと本の封印を突く。
杖の光が封印に移ったかと思うと、ぐるぐる巻きだった封印がするりと解け、灰のように細かく崩れて風に飛ぶ。
「さて、儂の番じゃ。――
細かく震え出した赤黒い本を眺めながら、剣を呼び出す。
「ぴゃ〜」
「ずいぶんかそけきぴゃーじゃの」
気が抜けるからやめい。
「黒ずんだ金の装飾、己で開こうとする力。割と大物じゃないですかね?」
「もう少し離れた方が良かったか。町から見えるかもしれんの」
そっと始末して、何事もなかったことにするつもりじゃったのだが。
「ぴゃ〜」
「なんと、シンジュ様が一肌脱いでくださる?」
「え?」
マリウスが突然何か言い出したぞ!?
「ぴゃ〜」
「なるほど、周囲から見えぬよう結界を張ってくださると?」
ものすごく真面目な顔でぴゃ〜相手に喋っている。
「待て、マリウス。何を言っている?」
まさかぴゃ〜と意思疎通を? ぴゃ〜なのに?
ガタガタいいはじめた本に体を向けながら、横目でマリウスを見る。赤の色の混じった本は、開く前に損なうと燃えることがある。ただ燃えるだけならばいいのだが、爆発したり、火があちこちに飛び散り、他の本の魔物を解放したりする。
――後者は本だらけだった塔の中と違って、今は周囲に本もなければ魔物の気配もないが。
「ぴゃ〜」
「いえ、シンジュ様の手を煩わせるのであれば、私が」
杖を掲げ、暁闇の周囲に溶け込むような
儂には何やらあるな? と思えるだけだが、シャトやイレーヌには、光のカーテンのように見えると聞いたことがある。もっと真面目に強固な結界を張る場合は、ドーム型になるらしい。
それはともかく、その胡散臭い笑顔! 本当にぴゃーと会話をしたのか、それともマリウスが儂をからかったのか、どっちだ。
本が開き、書かれた文字が一瞬視界に入るが、すぐに黒いシミのように広がってページを黒く染める。黒はページにとどまらずそのまま溢れて、魔物の形を作った。
「
剣を構え踏み込む。
「がああああああああっ」
今や儂より大きくなった黒いモノは、巨鳥の形。
黒い部分はまだ手を出してはダメだ、だが町にいかれては困る。悪いが移動手段は奪わせてもらう。
黒から緑へと色づく翼を狙い、一太刀。
「〜〜〜〜〜〜〜!!」
魔物の叫びにならない叫び。
町に届くほどの叫びはおそらく、マリウスの結界に飲まれ打ち消されたのだろう。狼や鳥系の魔物の中にはその声で、人を害するモノもある。
「残りの九割一厘は、素晴らしい人格者の神官が聖獣の導きを粗暴な剣士に教えているのですね」
微笑みを浮かべてしれっと返してくるマリウス。
「分母を広げるな、分母を!」
叫びながらもう一歩踏み込み、赤い羽根冠から一直線に両断。
魔物の姿が崩れて羽が散る。色が戻ったばかりだというのに焦げたように黒くなって消えてゆく。本の魔物は、姿を残さん。
「ぴゃ〜」
「お見事です、シンジュ様」
「何故そこでぴゃー!?」
まあ、なんだ。多少強いくらいの魔物では相手にならん。なにせ儂らは勇者一行じゃからの。
「ふふ。さあ、イオたちが起き出す前に戻りましょうか」
「貴様は真顔で儂をからかうのをやめろ!」
一体なんの恨みがあるのか。
「何の話ですかね? シンジュ様、宿の者にはゆで卵をつけるよう伝えてありますので、好きなだけお食べください」
「貴様、昨夜儂がどんな目で見られたと思って……っ」
宿での夕食、ぴゃーのやつはゆで卵を10個も食いおった。そしてそれは周囲には儂が食っているように見えるわけで……。
「卵ばかり食うでない! 栄養が偏るであろうが!」
「聖獣を相手に何を言っているのですか? あなたは狼に向かって、野菜を食べろと言うのですか?」
「狼は肉食獣、こいつは雑食だろうが!」
空が白み、朝日が差し込み始める中、並んで町に戻る。動いた後の飯は美味いが、儂の食事の平穏はどこだ!
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