第27話 本

「あれは何をしているのですか?」

アリナがイオの袖を引き、興味の対象にきらきらとした視線を向ける。


「露店という安価な雑貨や食料を扱う店、ですわね?」

聞かれたイオが、答え合わせをするようにこちらを見上げてくる。


「ああ、合ってる」

頷く儂。


 注文した馬具が特殊――イオが横乗りでアリナが同乗という横鞍で複鞍という訳のわからんことになって、出発がさらに1日延びた。1日で済んだのはイオが金で解決したからだ。


 子供のうちからそれはどうなのだ? と思ったが、血縁のマリウスが何も言わなかったので口出しはせんかった。公爵家……っ!


 時間ができたのでアリナとイオの旅支度を整える買い物がてら、町の観光をしている。


 アリナは目に映るもの全てが珍しいのか、町歩きの間、質問が途切れることがない。儂は目を輝かしたアリナが可愛いので苦ではないが、イオはよく付き合っている。


 いや、イオもアリナに聞かれて嬉しいのか? アリナの方も儂やイオならば、嫌がらず答えてくれるという安心感があるのだろう。


 ちなみにマリウスのやつは、面倒だと外出に付き合うことなく部屋に残っている。質問する以前の問題だ。


「あれは何ですか?」

「磁器や陶器の代わりに使うカップです。木でできていますね」


「あれは香水瓶でしょうか?」

「そうですね。あるいはインクの空き瓶かもしれません」


「あれは何ですか?」

「糸巻きです。羊の毛や綿から糸を紡いで巻いておくものですわ」


「お姉さま、すごい。あれは?」

「あれは――」

口籠るイオ。


「スタンプ――周りにあるものから推察するに、布に模様を押すものじゃの」

模様にそって切り取った、あるいは元となる木の形にうまく模様を彫り込んだ、色々な形の木版が木箱にまとめて入れてある。


「働く方は色々な道具を使うのですね。おじいさまもお姉さまも、色々知ってらしてすごいです。――あれは何ですか? 本なのはわかりますが、ぐるぐる巻きです」


「ぴゃー」


「ああ、あれは魔王の本の番人……いやまて、なぜここに!?」

誰だ、やばいものを持ち出したのは!!!!


 半分以上がぐるぐる巻にされた両端から見覚えのある赤黒い表紙が見えている。本を開くと魔物に姿を変え、襲ってくる。


 聖霊が記したという魔王城へ至る道が書かれた本。その本を回収し、塔に封印した魔王の片腕が、本の番人として置いた中の一冊。大量の本に埋め尽くされた塔の中、聖霊の記したたった一冊を探すハメになった。


 普通の本が六割、残りの四割が魔物に変わる本のような確率だった記憶がある。そして戦闘が途中で面倒になって、聖霊の本かもしれぬものを、開かずにぐるぐる巻きにしてから聖水を垂らすという行為をだな……。


 強さにもよるが、聖水を垂らすと魔物はじゅっと白煙をあげる。弱ければそのまま溶けることさえある。最も聖水もそれなりに金のかかるものなので、その程度の魔物には普通使わん物だ。


 最終的にはぐるぐる巻きにする作業には飽き――効率が悪く、聖霊の残した本は魔の者の力では損なうことが難しいことを思い出し、戦闘にもって行き魔物の攻撃を避けて本にぶつけることで、傷がつかない本を見つけることにシフトした。


「あなたが投げ捨てた一冊なのでは?」

穏便に本を買い取って、宿屋に戻り子供たちが眠ったところでマリウスに見せた。笑顔でグサリとやってくるマリウス。


「……」

「塔に残る物は、イレーヌが塔ごと封印して立ち入りを禁じています」


 そう、本はまだ大量にある。昔はさらに大量にあって、途中で飽きたんじゃよ……。聖水を垂らして、魔物と分かった本を塔の窓からぶん投げたくなるくらいには。


「だからあれほど本は大事に扱いなさいと」

「ぴゃー」


 ぴゃーは同意するでない! あと本ではなくて魔物じゃ!


「責任とって明日の朝早く、ちょっと外で倒して来る」

マリウスから視線をそらしたまま答える儂。


「イレーヌの封印が、あなたに解けるんですか? まあ力任せに解けることは解けるでしょうけれど、まだ爆発なら当たりな方ですか?」

「ぐ……」


 そう、イレーヌは封印を解いた者をひどい目にあわせる仕掛けをすることを好む。というか、そういう術式しか覚えていないそうで、魔力が多いことをいいことに、それでよしとしていた。


 問題はイレーヌの場合、爆破か呪いかの二択だということ。爆発ならば耐える自信があるが、呪いの方は周囲に拡散するタイプだと笑えん。


「しょうがないですね。明日の朝、私も付き合ってあげましょう。封印を解くところまでですが」


 ため息まじりに半笑いで協力を申し出られる。


 く……っ、おのれ……っ 過去の自分ッ!


「ぴゃー」

ぴゃーではない!


 お前も聖獣なら魔族の気配くらい――ああ、もしかして感じていたのか? あの鳴き声は警告か? 儂が本に視線をやったとき、ぴゃーは鳴いた。いや、だが鼻先1メートルない状態で警告されても困る。

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