第26話 鹿肉のロースト

「では、リリーには言い置いてきたのじゃな?」

リリーホワイトは儂の娘で王妃、そしてアリナの母だ。


「はい。お母様にはお伝えしました。みごと剣を手に入れてくるようにと、お言葉と装備を賜りました」

「私にもですわ。不退転の決意で臨むようにと」

馬上からアリナとイオが言う。


「リリーは男前ですからね」

「儂の子の中で一番苛烈じゃ」

マリウスの言葉に返す。


 外見は楚々とした――いっそ折れてしまいそうなたおやかさなのじゃが、中身は思い切りがよく豪放。妃にと望まれ、剣の修練の時間が取れなくなったため、今はさすがに息子に勝てんじゃろうが、子供の中で一番剣の筋が良かった。


 ハディの町に入り、魔馬を預ける。


「明日の朝までに魔馬を二頭手配できますか?」

儂が馬を預けている間に、マリウスは自分と子供たちの魔馬の手配を始める。


 アリナもイオもあぶみに足が届かんが、魔馬は魔法使いのいうことはよくきく。儂はアリナを乗せるのは大歓迎だが、魔馬とはいえ大人一人と子供二人を乗せて長旅はよろしくない。


 なお、マリウスは人にくっつかれるのを好かんので、血族とはいえイオを乗せることはおそらく考えていないだろう。


「一頭ならすぐに。二頭だと明日の昼になる、馬房にいるのは貸し馬用でな。売り物は少し離れた馬場にいる。選びたいなら自分で行って見てきな」

馬屋の亭主が言う。


「急ぐ旅でもない、見て選ぶのがいいじゃろ」

「出発は明後日ですか。まあ、探すなら街道沿いでしょうから十分な間はありますね」

後半はつぶやくように。


 また追いかけてくるのか。イレーヌと取引しとるんならそうなるじゃろな、面倒臭い。


「雄鹿亭という宿はどこにあるかの?」

「広場から東の道に行って、三つ目の角を左、次の角の手前にあるぜ。泊まりたいなら、馬場に行く前に部屋をとってきな」


 馬屋の男に傭兵に聞いた飯の旨い宿の場所を聞くと、笑顔一緒に答えが返ってきた。どうやらこのまま期待していい宿らしい。


 雄鹿亭に部屋と夕食の料理の予約をし、教えられた馬場を見に行く。


「お姉さま、気に入ったはいましたか?」

「私はどの馬も同じに見えてしまって……。アリナは気にいった馬を見つけた?」

「はい。あの元気なが」


  マリウスはさっさと自分の馬を選び、アリナとイオだけが馬場を巡っていたが、どうやら決まったようだ。馬場を任されている男に目で合図を送り、一緒に二人の元へ歩く。


「ぴゃー」

たくさんいる魔馬の気配が怖いのか、後ろでぴゃーが鳴く。泣いているというよりは、警戒して生意気に威嚇しているようだ。


「おじい様、私はこのがいいです!」

近づく儂に気づいたアリナが、抑えてはいるが弾んだ声で言う。


 動物のそばで大声を出して驚かせんよう気を遣っているようだ。魔馬はあまり気にせんじゃろうが、優しい子に育っている。


「ぴゃー」

ぴゃーはアリナを見習って、大人しくしておれ。いや、魔馬を含め、周りに聞こえてないのか? 


 その威嚇に意味はあるのか? とりあえずぴゃーはスルーだ。店員も斜め後ろについてきとるし。


「おう。健やかそうでよい馬じゃの」

この馬場の中にいる魔馬は売り物で、調子の悪いものや、まだ調教が終わっていないものは別の囲いにいる。


 この馬屋は良心的らしく、どの馬も毛艶がよく手入れされ、筋肉の発達も申し分ない。どの馬を選んでもそれなりだが、その中でも良い馬を選んだようだ。


 うむ、馬もアリナを気にしてチラチラ視線を向けておるので相性も良さそうじゃ。うちの孫は馬の目利きも良い。


「ぴゃー」

ぴゃーはうるさい。


「ではこちらを明日、店に移動させておきます。馬具はどうしますか?」

「二頭とも一式頼お願いします。この魔馬にはそこにいるイオの足が届くよう調整した馬具を。料金は追加で構いません」

後ろから近づいて来たマリウスが、儂が答える前に言う。


 片方は子供二人で乗ることを告げると、店員が首を傾げていた。まあ、大人二人と子供二人、求める魔馬が二頭であれば普通は大人と子供がセットと思うじゃろうな。


 いやまて、まさか儂とマリウスが一緒に乗ると思われて……?


「儂の魔馬と相性がいいと良いな」

儂は儂で魔馬がいることをアピール。


「この二頭はお互い慣れていますが、魔馬は気性が荒いですからね。ですが、まっとうに仕込まれていれば怪我をするような争いはしないはずです」

店員が答える。


 よし、不自然でなく伝えられたぞ。


 契約や金の支払いは町の中にある店でになる。馬も馬具もそれまでには店に届けてくれるそうだ。


 宿に入り、飯を食う。


「宿の名前の通り、鹿じゃの」

「雄鹿かどうかはわかりませんが、このローストは美味しいですね。バルサミコソースの甘味は黒糖でしょうか」

マリウスが味わいながら言う。


 声だけを聞いていれば優雅じゃが、この宿は傭兵に紹介された宿。ナイフなどはついておらず、骨つきの肉を手で持って食う形式。それでもまあ、この男は優雅に見えんこともないが。


 儂が鹿のローストを手に持つと、肩から身を伸ばしてぴゃーが食う。おい、毎回先に食われるのは微妙じゃぞ? すこしは遠慮せい。


 この顔ぶれなら大丈夫じゃろうと、もう片方の手を伸ばし、自分の分を確保し、頬張る。うむ、旨い。


「食欲をそそる綺麗な赤ですわ。淑女として、少々お行儀が気になりますけれど、この場所ではこれが礼儀なのでしょうね」

「おいしいです」

大人の儂にも厚い赤身肉じゃが、イオとアリナの口にはさらに分厚い肉を頬張り、嬉しそうに笑い合う。


 儂に味の細かいことはわからんが、この赤肉のローストには渋めの赤ワインがとてもよく合う。


 とことん飲みたい気になるが、孫娘の手前我慢じゃ。

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