第24話 疑惑

 朝、もそもそと起き出す。ぴゃーが寝ぼけて腹から落ち、慌てて背中に駆け上がる。


 あの傭兵が部屋に入って来た気配はない。一晩中ざわついとったようだし、徹夜でもしたか。


「おはようございます」

部屋を出るとすぐに居間、その隣が台所で扉はない。朝の早いうちに戻って来たらしい奥さんが、挨拶しながら台所から出て来た。


「おはようございます」

「旦那、おはよう」

溌剌とした奥さんとは対照的に、居間にいる二人は疲れた顔。やはり徹夜をしたらしい。


「ああ、おはよう。茶をもらえるか?」

挨拶しながらちらりと二人に視線をやって観察し、奥さんに頼む。


「今、パンも焼くんで待ってくださいね。大したお礼ができない代わりに、たくさん食べていってください」

茶を差し出しながら奥さん。


 茶は香ばしくほんのり甘い。この辺でよく飲まれるトウモロコシの茶のようだ。


「あ、俺もおかわり頼む!」

おかわりということは、傭兵はもう飯を食った後か。


 台所に向かう奥さんから、はいという声と、アナタは? という声。それにオレはもういいと返事をする農夫。


「旦那、領主から報酬が出るって話だ。受け取るにはここで数日待つか、領主のいるハディの町にいくかだが、どうする?」

「いらん。面倒じゃ」

傭兵が聞いてきたことに短く答える。


 幸い金に困っておらんからの。以前の旅と違って、残金と睨めっこするようなことはなく、名物は食べたいだけ食べるし、泊まれなかった宿にも行くつもりじゃ。


 それに、町までのこのこ行って貴族と関わることで、居場所がバレてまた面倒なのが来ても困る。かと言ってここで数日過ごすというのも、王都から近すぎる。


 まあ、儂が名のらければ問題なさそうじゃが。エルムとやらが隠し子隠し子連呼しとったのは、おそらくスイルーンの名であれこれやらかして、勇者の流出を宣伝するなということじゃろう。多少噂になっても、隠し子の噂で覆い隠すつもりかの。


「そう言うと思った。旦那、役人とか関わるのが面倒なら、俺が受け取って渡そうか?」

「へっ? なんかやらかしたんで?」

傭兵の話に、農夫がびっくりした顔をする。


「手続きのやりとりが面倒なだけじゃ。ついでに貴族と関わるのも面倒くさい」

ひらひらと手を振って答える。


「結構な額になるぞ。あの魔物まるまるの代わりに上乗せだとよ」

「あ。遅くなりましたが、ありがとうございます。助かりました!」

農夫が急に居住まいをただし、頭を下げてくる。


「今度から魔物の噂がある時は、家の前に獲物を吊るすのはやめるんじゃな」

「はい。それでオレは金は出せねぇんですが、その猪の肉を持ってってください」

「ゆで卵も頼む、2、3個」

農夫にリクエストする。


「あら、じゃあ今から茹でますね」

そう言いながら、料理の皿を置く奥さん。


 皿には二枚重なったこんがり焼けたパンと、チシャ、くし切りの芋を茹でて焼いたもの。


 二枚のパンの間には具が挟まっているようだ。取り上げて一口齧ると、チーズが糸のように伸び、断面から半熟卵が漏れ出す。慌ててパンを縦にしてことなきをえ、さらに一口。


 ハムとチーズの塩味と、半熟の黄身の舌に絡む甘味、かすかに味と香りのする何かのハーブが、たまに感じる半熟卵の生臭さを消している。奥さんは料理上手のようだ。


「ぴゃー」

ぴゃーが肩をつたって、膝の上に。


 そしてそのまま儂の朝食を食い始める。手の中から消えるパン――さすがにバレるじゃろ、どうするんじゃこれ。


「旦那、早食いだな。食う方もせっかちか?」

傭兵がちょっとびっくりしたような顔で聞いてくる。


「……」


 ……気づいてない、だと!?


 ぴゃーが何かしたのか? 人の意識に干渉したのか、何か幻を見せたのか。腐っても聖獣か。


「あらあら、早食いは体に悪いですよ。はい、ゆで卵。パンのおかわりはいかが?」

奥さんがにこやかに聞いてくる。


「……もらおう」

これ、儂が大食いみたいじゃの。


「ぴゃー」

綺麗に剥かれ、マヨネーズと胡椒、刻まれた何かのハーブが落とされたゆで卵を、丸呑みしているぴゃー。


 お前、噛め、噛んで食べろ! あと、儂の分!


「旦那、丸呑み……」

「何!?」


 待て、もしかして儂が食ってるように見えているのか!? 食ってるところが見えているのか? しかもぴゃーの食べ方が反映されとる!?


 聞きたいが、今はダメだ。この傭兵はともかく、農夫のほうは聖獣に会ったと知り合いに話しまくる顔をしとる。


 さっさと食べて、さっさと背中に引っ込んだぴゃー。お前、腹の重さで伸びてないか? ナスみたいな形になっとる気がするぞ?


 かろうじて残ったゆで卵を食べる。パンに挟まれた卵が半熟だったせいか、こちらは固茹で気味。だが、緩いマヨネーズが絡んでパサパサはしていない。特にハーブの味はせんが、時々黒胡椒のぴりりとした刺激がある。


 トウモロコシのお茶で、ゆで卵とホットサンドを楽しみ、満足した。だが、妙な疑惑はどうしたものか。

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