第23話 せっかち

「あんた、若いのに強いな」

傭兵が少し驚いたような声で言う。


「まあな?」

若くはないが。


「これ、このままでいいのか?」

びくびくと動く魔物を見下ろし、聞いてくる傭兵。


「このクラスならば、動物と対処は一緒じゃな」

「その対処が難しい。普通の猿なら俺だって首を落とせてた」

「魔物の中には、首を落としても動くモノ、手を落とせば手が別に動くものもおる」

「うええ」

嫌そうな顔をする傭兵。


「そういうのは誇張されてるもんだと思ってたぜ。――見事なもんだ」

動かなくなった魔物を剣の先でつつきながら観察する傭兵が、儂のつけた傷跡を見て言う。


「最初の蹴りから斬りつけるまでも速かったし、真似できねぇ。この爪、やべぇな」

魔物の、特に爪や牙の強度、弱点になりそうな部位を確認していく傭兵。


 命がかかる商売だ、戦うかもしれん相手の確認は当たり前と言えば当たり前だが、学ぶ姿は好感が持てる。


「猿じゃ食えねぇな。どうするのがいいんだ? 焼くか埋めるか。使えるのは毛皮か?」

そう言って魔物から離れる傭兵。


「猿は食えるぞ。まあ、毛皮を防具に、頭と胆が薬になるかの」

胆を干して煎じたものは食あたりや、胃の病気に、頭を黒焼にした猿頭霜と呼ばれるものは頭痛や脳の病気に効く――はず。


 ある程度の知識はあるが、こういうのに詳しいのはマリウスだ。ただ、解体は儂の役目だったんで、得意だ。


 儂が解体して、マリウスが売れる場所――利用する方法を知っていて欲しがっている者たちに持っていって高く売る。売る方も何に使えるか知らんと、解体の時にダメにしたり、知らずに捨てたりする。


「魔石持ちもいるんだろ?」

「おるが、この強さでは望み薄じゃの」


 解体を傭兵に教える。魔物には倒れた後は、柔らかくなるヤツもいるのだが、そういうのは魔力のようなものを身に纏わせているヤツだ。マリウスがやっている身体強化みたいなもんじゃの。


「なるほど、切る方向でだいぶ違う。でもかてぇ……」

「防具にするにはいいと思って頑張れ。なめし方はわかるじゃろ?」


「あ、あの……」

口を出しながら作業を見守っていると、おずおずとした声がかかる。


「おっと、忘れてた! 終わったぞ。ほかの連中にも知らせてくれ」

傭兵が明るい声で、戸の隙間からそっと覗く農夫に声をかける。


「おお、ありがとうございます! すぐに!」

戸を大きく開けて、駆け出してゆく農夫。向かった先は兵が詰めている、この辺りのまとめ役の家だろう。


「勢いで解体始めちまったが、検分してもらった方がよかったかな?」

かけてゆく後ろ姿を眺める傭兵。


「いいじゃろ別に。ちんたらしてると朝になるぞ」

「あんた、さてはせっかちだな?」

「む……」


 そこは直したいところなんじゃが。そう、この旅はのんびり行くんじゃ、のんびり。今夜徹夜する羽目になったとしても、朝寝、昼寝をすればいい。いや、やっぱり徹夜は嫌じゃ。


「来る奴らの対応は任せる。その魔物もいらん、おぬしの好きにせい」

「あんたは?」

「儂は飯の続きじゃ」

家に向かいながら、手をひらひらとふって答える。


 そうじゃ、のんびり気ままにいくんだ。面倒な検分に付き合う必要はない。料理は冷めてしもうたかの?


 部屋に戻り、食べかけの煮込みの入った皿を手に取る。暖炉に掛かる鍋から熱々の煮込みを継ぎ足して、席に着く。


 煮込みの匂いを嗅ぎつけたのか、ぴゃーが背中でもぞもぞする。こいつ、食い意地が張っておる。さっきまで細くなって固まっておったくせに。


「ほれ、見られんうちに食え」

「ぴゃー」

皿に顔を突っ込んで食い始めるぴゃー。


 儂用の皿も欲しいとこじゃの。何が悲しくって自分の飯を後回しに、ぴゃーの食うところを見守っておらにゃならんのか。やたらうまそうに食うんで、食っていない儂は落ち着かん。


「ぴゃー」

満足したのか、膝から背中にもどるぴゃー。


 ぴゃーが終えたところで、自分の分をよそる。自由に食っていいと言われとるんで、遠慮なく。


 最初に何かのハーブの味、入っている肉が少々固いが、噛むほどに味が滲み出ていい。この家の奥さんは料理上手らしい。


 外が騒がしくなる。農夫が呼んだ、兵――この場合、役人が来たのだろう。戸を開けて傭兵が顔を出す。


「状況の説明をしてくれだとよ」

「任せた。対峙しとった時間はおぬしの方が長いじゃろ。儂は金をもらっておるわけじゃないしの、先に寝る」

立ち上がって、仮眠のために用意された客間に向かう。


 折衝やらなにやら、面倒でかなわん。役人の相手は特に面倒じゃ。


「長いって言われればそうなんだが……」

やる気のない儂を見て諦めたか、困ったような顔で庭の方に向きを変え、戸を閉める傭兵。


 報酬の分頑張って働け、若者。


 客間とは言っても普段客などこない農家の部屋、ベッドフレームはあっても布団はない。村長の家だかどこかで借りてきたらしい毛布にくるまり、ベッドと言う名の木の板の上でもそもそと寝る体制を作る。


 ぴゃーももそもそ。


 ああ。明日こそはゆで卵を作ってもらおう。

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