第22話 傭兵

 で、どうなったかと言うと。今夜はこの家に泊まることになった。


 この家の者が、明るいうちにイノシシを仕留めた狩人と一緒に村長の家に行き、状況を説明、村長は領主の元に連絡を入れる――一応、姿を消した魔物の捜索は続いていて、何か魔物の痕跡があれば知らせるよう、おふれが回ってるらしい。


 ただ、魔物退治のための領主の手勢は、こっちではどこにいるか把握しておらんので、直接連絡を撮ることができず、到着まで時間がかかるという話だ。その者たちが到着するまで、西側の農家に交代で兵士と傭兵、狩人が交代で詰めるそうだ。


 ただ、今晩は流石に人数が揃わず、狩人と傭兵、ひょろりとした兵士が一人ずつ。


「餌が釣り下がってる上、血の匂いをたっぷり嗅いだろうしなあ」

儂の前で、ため息まじりに傭兵が言う。


 狩り人と兵士は、西の農家の取りまとめのような立場にある家に、儂と傭兵が、イノシシをぶら下げとった家に陣取っている。


「今夜来る可能性が高いの」

「怖いこと言わないでくださいよ」

儂の言葉に、家の主人の若い農夫が文句を言う。


「口にしようとしまいと、事態は変わんねぇだろ。村長の慌てぶり、見てんだろ?」

「ええ、まあ……」

傭兵の言葉に口籠る農夫、ジミーという名前らしい。


 年寄りほど、魔物に対する行動が早い。若い世代、特に人の住む場所の側から魔物が追い立てられた後に生まれた者たちの反応は、とても鈍い。魔物よりもむしろ畑を荒らすイノシシや、時々姿を見せる熊などを恐れている。


 一人、二人で対峙するハメになれば、その2種も一般人には驚異じゃろうが――まあ、弱くとも身近な恐怖じゃからな。


「あんた、魔物と戦ったことは?」

「ある」

「傭兵……、いや、今流行りの冒険者ってやつか?」

「まあ、そのようなものかの?」


 大規模な戦争のない今の時代、冒険者と傭兵の違いはほとんどない。強いて言えば、冒険者の方がやることの範囲が広いくらいか。


「今夜じゃなく、明日の晩なら嬉しいんだがなあ」

がしがしと頭をかく傭兵。


 大柄で押出しがいい。太い手首と、がっしりと安定した体型がいかにも頼りがいがありそうな男だ。剣の手入れも行き届いておるし、ぼやいて見せているがそう弱くはなさそうだ。


「あいよ、飯だ」

農夫の妻は、知り合いの家に一時避難しておらんが、出かける前に煮込み料理を作っておいておいてくれたようだ。


「ありがとう」

「おう!」

それぞれ木のボウルに盛られた料理を受け取る、鶏肉と野菜の煮込みのようだ。


「そういえば、鶏がいたの。金は払うゆえ、ゆで卵を作ってくれんか?」

「ああ、いいぞ」

農夫に話しかけて、手を止めた風を装い料理をぴゃーに食わせる。


 ちょうど顔の前で手を止めたら食い始まったので、そのまま食わせとるだけだが。


「待て」

出て行こうとする農夫を手で制す。


「ああ」

傭兵の方を見ると短く答え、頷いて剣を引き寄せる。


「ぴゃー」

ぴゃーが儂の顔を見上げて鳴く。どう考えても周囲には聞こえていない。


 これは儂がスプーンを置いたことへの抗議。聖獣、お前聖獣じゃろ? 魔物の気配くらい分かれ!


 構わず立ち上がると、落ちかけたぴゃーが慌ててよじ登り、背中に張り付いてくる。お前、ここに残っていた方がいいのではないか?


「あんたは、声をかけるまで出てくるな」

傭兵が農夫に向かって言い残し、共に戸を開けて、外に出る。


 気配の方を見れば、闇夜に赤い光が二つ。動物の目がこちらが当てた光に反射して赤く見えることはあるが、暗闇で光るのは魔物の目だ。


「聞いてたよりでかいな。目の位置が高けぇ」

隣で傭兵が唾を飲み込む。


 魔物がこちらに気づいたのか走り出す。


「手ぶらってことは、『武器持ち』だろ? 頼むぜ」

ニヤリと笑って剣を構える傭兵。


 出会ったことのある傭兵の中ではそれなりにできそうではあるが、怪我なしというわけにはいかんだろう。あの大きさの魔物は、丈夫で硬く、普通の剣では弾かれることもある。


「おおっ!」

走り込んできた魔物に向かい、気合いを入れて剣を振り下ろす。


「ア″アガァッ!!」

傭兵の首を狙って振り下ろした剣は、魔物を斬り伏せることは叶わなかったが、地面に叩き落とした。


 魔物は地面に落ちるとすぐさま飛びすさり、怒りの声を上げる。


「猿の魔物のようじゃの」

丈は儂よりあって、横は傭兵よりある。ただ、猿系統の魔物にしては、あまり頭はよろしくないらしい。


「硬え!」

「急所よりは、柔らかいところを狙わぬと難しいぞ。首ならば、後ろや横からではなく、前から突け」

あとは毛に覆われておらぬ顔面、手首、足首、関節あたりか。


「そんな余裕は……っ」

再び襲いかかってきた魔物に、剣を振るう傭兵。


 なんとか喉を狙おうとするが、猫背に首を突き出したような前傾姿勢の相手に苦戦している。腕で剣を弾かれ、爪で浅く頬や肩を傷つけられる。


「ちょっ! 見てないで参加しろ!」

「危なくなったらな。魔物との戦いを学ぶいい機会じゃぞ」

「学ぶ前に死ぬわ!」

剣が通らず苦戦気味ではあるものの、うまく避けている。それでも傷は増えてゆく。


 魔物の体力は人より多い。このまま攻防が続くと、傭兵が負けるだろう。


「アーイ、アアアア」

「うをっ!」

魔物があげたひび割れた甲高い声を聞き、傭兵がよろめく。


 声に乗せた威嚇と威圧が聞くものの恐怖を煽り、動きを奪う。掛かるのは心の弱い者、魔物との対峙に慣れぬ者。


 吠える魔物に魔法を使うタイプは少ない、面倒がなくていい。


「――水焔すいえん

左手から剣を引き抜くと、闇夜に水焔の刀身が薄く輝く。


 水焔の気配に気づいた魔物が、距離を取り儂を睨む。


「ぴゃー」

背中で細長くなってるぴゃー。だから何故ついてきた?


 手足をついて、走り込んできた魔物へこちらから踏み込み、蹴り上げ、空いた喉に水焔を突き刺し横に薙ぐ。別にそのまま真っ二つにもできたが、傭兵に戦い方を学習させんとな。


「早く現れてくれて助かった」

魔物待ちで徹夜は嫌じゃからの。

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