第20話 気の向くまま

 朝日と共に起き――ぴゃーが腹で寝とるのじゃが、このまま置いていっていいだろうか。おそらく、マリウスが回収すると思うんじゃが。


 そう考えると、ぴゃーがはっとした顔をして起き、鳴きながら背中にまわる。


「ぴゃー」

「おまえ、マリウスについていたほうが大事にされるのじゃないか?」

抗議してくるぴゃーに聞く。


 自慢ではないが愛玩動物を可愛いと思ったことはないし、世話をしたこともない。世間一般では可愛いという部類なんだろう、と思うだけだ。


「仕方ないな」

背中にいっそう張り付くぴゃーにため息ひとつ。どう扱えばいいんじゃこれ。昨日までは、マリウスが構いすぎぬ程度だが時々ぴゃーに話しかけとったからの。


 まあ、とりあえず餌だけやっておけばいいか。


 井戸で水を汲み、朝飯の用意。昨夜の野菜スープの残り、昨夜と同じメニュー。


「ほれ」

チーズを載せたパンを背中に差し出す。もう片手で自分の分のパンを炙る。


「ほれ」

干しリンゴ。


 これは儂が支えておらんでも大丈夫じゃろ。干しリンゴを渡したあとは自分の食事をし、出発。


「よろしく頼む」

魔馬にも干しリンゴをやって、首を軽く叩き機嫌をとる。


 棄てられた村から町に続く道は草が生い茂り、小さな木がひょろながい枝を伸ばし育ち始めている。だが昨日越えてきた山道よりはよほどよい、魔馬は草をかき分け楽々と進む。


◇ ◆ ◇


「おう、2皿くれ」

人の通る道に出、魔馬の足で1日。


 パルンの村で食事を頼む。町と村の違いは集落を囲む壁があるかないか、領主が住んでいるかいないかだ。パルンの村は大きいが、壁もなく、代官がいるだけだ。


 破壊された町から逃げ、集まった者たちが魔王討伐後に作った新しい村だ。一応、伯爵の領地だが、伯爵の住む町よりパルンの村の方が活気があるらしい。面倒な領主が近くにいるよりも自由にできるのかも知れん。

 

 飯屋に入って今日は何ができるか聞くと、平たい麺にキノコと牛肉のそぼろのソースを絡めたものだと言う。


「おい、ぴゃー。さすがにここで背中に飯を差し出しとったら、不審者じゃぞ? 食いたいなら前に回れ」

「ぴゃー」

小声でそう告げると、もぞもぞと前に回って膝の上。伸び上がって前足を机に掛ける。


 おそらく今は儂にしかぴゃーの姿は見えないし、声は聞こえない。たぶん。他の客の視線は特に感じない。


 村に入る前に髪型も変えたしの。後ろに結んで長く伸ばしていた髪を三つ編みにして、前に持って来ただけじゃが。出回っている絵姿は黒髪じゃし、儂の銅像は大抵後ろの髪が弧を描くように踊っとるようなのが多い。


 これだけでもだいぶ印象が変わるようで、得にひそひそざわざわされることもなく、混み合う店内で料理を待つ。


 どこそこの町で小麦が豊作だとか、流行りの小物、道は魔物が出て通れない、あそこの領主は税を上げた、さまざまな噂が耳に入ってくる。


 ここまで噂が流れておるということは、すでに討伐の兵が出ているかもしれんが、魔物の出る道に進むかの。予定はあってないようなものだ。


「お待ちどう!」

料金と引き換えに料理を受け取る。


 少し黄色い平たい麺にぼろぼろとした茶色いソースが絡み、その上の真ん中に唐辛子が一本載っている。ソースはよく見ると、肉のそぼろとキノコのほか、飴色の玉ねぎ、そして少し黒くなっているが唐辛子の輪切りがたっぷり。


「ぴゃー、おぬし辛いの平気か?」

どう考えても辛い料理じゃろこれ。


 わからない風だったので、とりあえず一口与える。机の下に引っ込み、膝で平たくなったぴゃー。どう見てもだめだな。


「すまんが辛くないのもあるか?」

近くを通りかかった配膳役の店員に聞く。


「今日出せる辛くないのは、スネ肉の煮込みだね」

「それもくれ」

忙しそうに働き、立ち止まらないまま答える店員に追加注文。


 村で食事を出す場所はここと宿屋くらいで、昼からやっているのはこの店だけだ。儂のような旅人や、家で食事を作らない村人が集まっているため店は混雑している。


 店員の返事を確認し、目の前の皿に手を付ける。この料理はパルンの名物、スネ肉の煮込みはあちこちで食えるが、ここに来たら食いたいと思っていた料理だ。


 フォークで麺を絡め取って口に運ぶ。うむ、辛くてうまい。微かなトマトの酸味、玉ねぎの甘さが辛さの中にあって、味が単調に感じがちな平たい麺が、辛さを少し和らげる。


 膝の上で信じられないものを見る目でぴゃーが見上げてくるが、うまいものはうまい。ぴゃーがお子様舌なだけじゃ。


 半分ほど食べたところで、スネ肉の煮込みがくる。トマトかワインの煮込みかと思ったら、どうやら違う。牛スネ肉、大根、ゆで卵が入っている少し変わり種。むう、名前に惑わされた。


 とりあえずどんな味だか確認。食べたあとに生姜の味が追ってくる、なかなかさっぱりした煮込みで珍しい。


「ほれ、これはどうじゃ?」

片方これにすればよかったと思いながら、スネ肉をぴゃーに差し出す。


 今度は慎重に匂いをかいでから口をつける。生姜もダメとか言わんよな?


「ぴゃー」

これはうまかったようだ。


 そしてゆで卵にご執心。いや、一皿一つしか入っておらんじゃろうが。諦めて大根を食え、うまいじゃろうが!

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