第19話 山越え

「もしや、精霊の守護を受けてらっしゃる?」

ウィルが聞いてくる。


「……」

黙る儂。


 正しくは聖獣じゃが、姿を隠すことに長けているし、大した違いはあるまい。が、守護というのは語弊がある気がするぞ?


「鎧、指輪、剣。精霊に祝福を与えられた装備は、装備者と一体なり、分かつこと能わず、ですか……」

思考に沈んだらしいウィル。


 その言い方は儂がぴゃーを装備してるようで微妙なんじゃが。面倒なんで言わん。人の話を聞かんのなら最初から話さなくてもいいだろう。儂はそう親切ではない。


「なるほど、アナタの記憶がある私はその印象のままいたけれど、確かにこれはアナタの気配・・・・・・ねぇ。通りで探せない……」

面白いモノを見た、みたいに目を細めて笑うイレーヌ。


 イレーヌも儂を見つけられんか。神殿によったようだし、今回目印にしたのはマリウスか。


「シンジュ様はお強いですが、繊細ですから。付き合いの浅い人間は、あまり側に寄らぬように」

そう言ってマリウスがイレーヌと儂の間に馬を入れてくる。


 いや、おぬしも会って間もないじゃろ。儂もじゃが。


「お前もあまり揺れるような走りは控えてください」

そう言って儂の魔馬に触れる。


 儂ではなく、魔馬に。


「うっとおしいぞ。何が揺らすなじゃ、馬は揺れるもんじゃ。よし、儂は先に行って山賊どものことを町に知らせてくる」

魔馬の腹を軽く蹴って、走り出す。


 まだゆっくり。


「あ! 隠し子様!」

エルムが名を呼ぶ声を背に、山道を駆け降りる。


 ちっとわざとらしかったかの?


 イレーヌやマリウスが何事か言う声が聞こえたが、振り返らずに進む。くねる道を過ぎたあたりで、本気で魔馬を走らせる。


 マリウスがわざわざ魔馬に触れたのは、強化をかけるため。そう思ったが、どうやら当たりのようじゃ。面倒な二人を呼び込んだ責任をとったのじゃろう。


 あの二人、個人の意思でを装っておったが、神殿の――いや、エルムが国でウィルが神殿かの。貴族同士の交流は好かんが、戦略上主要な貴族の顔は覚えておる。エルムはシャンティオン様の使う者の一人によく似ておる。


 年老いたとはいえ、国はみすみす勇者の関係者をただで外に出すことはないということか。面倒臭い。


 強化のかけられた魔馬は、それこそ風のように走る。次の町の門を横目に通り過ぎ、さらにその先へ。


「ぴゃー」

「諦めよ、馬は揺れるもんじゃ!」

背中でぴゃーが鳴いとるが気にしない。


 途中街道を外れ、先ほどより険しい山の中に入る。蹄の跡を消し、魔馬を乗り入れた痕跡を消す。ここは三年ほど前、魔物が現れ、木々を薙ぎ倒して降りてきた場所だ。


 魔王がいなくなった後、町のそばに出た魔物としては最大級。山中での目撃後、王都の騎士とマリウスが駆けつけ、町に被害が出る前に倒した。


 そう聞いて、現場を見にきたことがあるのが幸いした。草が育ち、周りの木々がここぞとばかりに枝を伸ばした今、ぱっと見はわからんが、一直線に太い木々のない場所が続いている。


 杣道そまみちよりさらに足元が悪い上、近くの木々の枝が馬体に当たるが、魔馬は気にもせん。


「頼むぞ、後で干し葡萄をやる」

「ぴゃー」

「お前にではない」


 山深い場所に入ると、小さな魔物どもが出るようになる。魔王不在の今、強大な魔物に育つことはまずない。


 魔馬の大きさゆえか、近づいてくるものは少ないため、木の上から襲ってくるモノを馬上から切り捨てるだけで済んでいる。地に出たモノは魔馬が踏み潰す。


「マリウスがかけた強化が切れる前に、抜けたいところじゃな」


 一度魔馬に水を飲ませるため休み、山の中を進み、とりあえずの目的地に着く。件の魔物に破壊された村の跡だ。この村を最初に襲い、山を越えて町に向かったことが調査でわかっている。


「ご苦労じゃったの」

約束通り魔馬に干し葡萄をやり、汗を拭いてやる。


「ぴゃー」

「しょうがないの」

肩越しにぴゃーにも干し葡萄をやる。


 本当にコイツは聖獣なんじゃろか。背中でふこふこ口を動かしている気配を感じながら村の中を見回す。


 魔馬は荒れ放題の村に生えた若草をうまそうにんでいる。儂も食事の準備じゃ。


 放置された井戸はだいぶ砂が溜まっとるようだが、儂が使う分ぐらいの水は問題ない。が、桶の底が割れて汲み上げることができない。


 台所の跡から鍋を三つ見つけて、一つに綱を結び井戸に落として水を汲む。大きな鍋に水を落とし、顔や手を洗う。


「ここに水があるぞ」

魔馬に声をかけて、最後の鍋に入れた水を崩れ方がマシな家屋に運び込む。


 荒れた畑に半分野生化した野菜をいくつか草の中から見つけ、収穫。無事なかまどに抜けた床板を放り込み、火を熾す。手入れがされておらん野菜は、葉物はごわごわと硬いし、根菜類は小さく痩せているが、切って炒めるなり煮るなりしてしまえば気にならん。


 塩漬け肉を刻んで鍋に放り込み、少し炒めて水を注ぐ。沸騰したら野菜を入れてしばし待つ間、保存用の固く焼きしめられたパンを水に通し、竈の火をあげていない炭の側に突っ込んで温める。


 パンにニンニクの粉をかけ、その上でチーズを溶かせば食事の用意の完了だ。


「ぴゃー」

「……こぼすでないぞ?」

無理なことだろうなと思いつつ、一応声をかけチーズを乗せたパンを割り、背後に差し出す。


 もしかしてコイツ、食い意地が張っているのではないか? 聖獣に捧げられるものは果物や上質の肉をよく聞くが、こいつは雑食じゃの。


 うむ、パンにオリーブオイルが欲しいところじゃが、パンもスープも十分旨い。


 さて、この村に近い町はどこじゃったかの? 予定していたルートとは違うが、せいぜい旨い物を食いながら進むとしよう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る