第18話 気配の大きさ
「現在も過去も、私の従者という事実はございませんが」
にこやかに否定するウィル。
「未来です!」
笑顔全開で元気のいいエルム。
「前向きじゃの……」
思わずマリウスを見る。
「神官長の地位を下りた私に、護衛騎士がいるという事実もございません」
目が合ったマリウスが、にっこり笑ってこちらもバッサリ。いや、儂に向かって言われてもな……。
ため息をつきたくなりながら、神殿の騎士たちを見る。
方や淡い水色の髪をした涼しげな容姿の神殿騎士、方や輝くような金髪に赤い目の少女の見習い騎士。
ウィルは文句なく美形じゃ。王の近衛兵や神殿の護衛騎士は剣の腕はもちろんのこと、見た目で選ばれる。催しでは主役である王や神官長に混じって、衆人の視線を受けることになるからの。
もちろん筋骨逞しい騎士もおるし、催しや交渉相手によっては、そういった騎士たちが選ばれる。
エルムの方は――なんというか、エルムも造作は整っておるんじゃが、美人という印象を受ける前に、元気な弾むような動きと、くるくるかわる表情が飛び込んでくる。
「仕えるのは生涯一人と決めておりますので」
「神殿の護衛騎士は神に仕えているのですよ。あるいは、神殿に、あるいは神官長という地位に」
そしてまた笑顔でにらみ合う二人。背後に暗雲が見える。
マリウスの馬の耳が忙しなく動く。もしかして怯えとるんじゃないか? 魔物混じりだというのに。しかし、ウィルの乗った馬はどこ吹く風じゃな……。もしかして、これに慣れておるのか?
「なかなか愉快そうな間柄ね」
イレーヌが艶やかに笑う。
不破の種をばら撒いたり、人の縁を結んだり、魔女がそれを行うのは、人の感情の揺れを楽しむためだと言う。イレーヌもその魔女の困った性質から漏れない。
珍しくマリウスが観察されとるようじゃな。もう放っておこうと視線を動かすと、同じく放置を決め込んだらしいエルムと目が合う。
「そういえば隠し子さんの名前はなんていうの?」
とことこと馬を寄せて、聞いてくる。
「隠し子ではないというに。スイルーンじゃ!」
まだ言うか!
「ほうほう、お父さんの名前を堂々と! 隠してない隠し子なのね?」
「違うわ!」
思い込みの激しい娘じゃな!
「で? スイルーンジュニアも剣を使うの?」
「誰がジュニアか! 若返った本人じゃ!」
どうしても儂を隠し子にしたいらしいが、さすがにこうはっきり言えば理解するじゃろう。
「またまた〜。剣聖スイルーン様は、それはそれはお強くって、勇猛果敢! ちょっと短気なところはジュニアも似てるけど、よわっちい気配は似ても似つかない! 僕、わかっちゃうんだから!」
びしっと指を突きつけられる。
「な……っ!」
言うに事欠いて、この儂が弱い?
「――エルムの擁護ではないが、虚勢を張らず己が弱いことを認めることも精進の一歩ですよ」
マリウスと睨み合うことに飽きたのか、ウィルまでもが儂が弱い前提の言葉を投げてくる。
「そうそう。お父さんに追い付きたかったら、格好からじゃなくって心構えからいかなきゃ! ハート大事だよ、ハート!」
エルムが胸当てで押さえられた自分の胸を叩いて、少し間抜けな音をさせる。
あまりのことに言葉が出ず、思わず周りを見回す。
ぽかんとしているマリウスとイレーヌ。二人がこんな表情をすることが珍しく、儂も同じようにこんな間抜けな顔をしているのかと頭の隅で考える。
「……ああ。シンジュ様の気配でしょうかね?」
ぼそりとマリウスがつぶやく。
「なるほど、ぴゃーか。ぴゃーのヤツか!」
確かになんか背中でほっそりしてる気配がある。
おそらく後から来たウィルとエルムの二人には姿を見せていない。イレーヌとマリウスから見て――というか、儂から見て消えているのかどうかは背中なんでわからん。
見えていたら少なくとも耳あたりまでは、マントから飛び出て見えると思うのだが。
「待て。と言うことは、びくびくしとるこのぴゃーの気配の方が儂より強いのか!?」
人の多さにか、続け様に登場した新顔にか、ぴゃーがびくついて怖がっている気配はよくわかる。
よくわかるが、そんなに?
「そう言うことに……いえ、シンジュ様は勇猛果敢でらっしゃいますよ?」
「ぴゃー」
そこで答えるのか、ぴゃー。
「貴様、ぴゃーがその気になったらどうするんじゃ。変に持ち上げるな、うっかり魔物の前にでも出て来たら危ないじゃろが」
いや、その場合はぴゃーが背中から剥がれるんだからいいのか?
「シンジュ様? ぴゃー?」
ウィルの眉間に少し力が入ったのか、縦皺が薄く。
「あ! なんか、びくびく探るような気配が薄くなった!」
ちょっと驚いたようなエルム。
「さすがマリウス様! 迷える青年の魂もすぐ救う!」
尊敬の眼差しをマリウスに向けるエルム。
違う! しかもすぐ救うってなんじゃ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます