第17話 ウィルとエルム

 箒の柄には白い手を軽く添えているだけ。けれど、かがもうと伸びをしようと体の中心はぴったり箒の上。魔法使いというのもなかなか体幹がいいらしい。そう思いながらイレーヌを見る。


「そのうちイオも箒に乗るようになるのか?」

「どうかしら? これはけっこう難しいのよ?」

紅を塗ったかのような赤い口でくすくす笑う魔女。


 最初に出会った姿がこれならば、蠱惑的にも見えたかもしれんが生憎なあ。出会った時は屈強な男だったし、旅の間少女の姿でいたこともある。姿が変わりすぎて、どうにも落ち着かぬ。


 イレーヌがすっと手を振ったかと思うと、手の中に赤色の実が現れ、それを儂とマリウスに投げてよこす。


「それより拡張でも縮地でも、荷物をどうにかする魔法を覚えないと、辺境の旅は厳しいわ」

そう言って、実をかじる。


 拡張は鞄に入る荷物の量を増やす、入れ物の見た目よりも容量を増やす魔法。縮地はどこか別な場所に手を伸ばし、置いてある荷物を取ることができる魔法。


 ……と、昔イレーヌから聞いた。


 後者のほうが高度で、手を伸ばす先には事前に細工がいるらしいが、イレーヌは難なくやってみせる。


 手の中の赤い色はラムという果物だ。皮は熟す前は青みを帯びた緑、青が消え、真っ赤に染まった今が食べごろ。名前も姿もプラムの親戚みたいな果物だ。


「イオはまだ若いですからね」

そう言ってラムを口にするマリウス。


 このラムの実も縮地とやらで取ってみせた物。旅する魔女は身軽で、荷物らしい荷物はない。昔の旅もその魔法でずいぶん助けられた。なにせ魔王に近づくほど、食えるものが無くなったからの。


 手の中の赤い実はかじると甘く、後から少しの酸味。口の中がさっぱりして、ただ甘いだけの実よりも儂の好み。


「シャトはこのラムによく顔をしかめていましたね」

懐かしそうにマリウスが言う。


「我慢せずに桃の実でも食べればいいのに、同じものを食べたがったわね」

イレーヌが言う。


 並んで進むと討伐の旅を思い出し、口にするのはここにいない仲間のこと。かつての旅とは違い、陽射しは明るく、森の緑は鮮やか。


 小鳥の声が――


「マリウス様〜……」

マリウス?


「なんじゃ?」

「相変わらず耳がいいですね、私には聞こえませんよ」

「嘘をつくな、絶対聞こえておるじゃろ!」


 どんどん近づいてくる馬の蹄の音と、叫び声。


「マリウス様〜、ウィル先輩とエルムがお側にあがりました〜。お供させてください〜」

元気のいい声があたりに響く。


「獣でも鳴いていますかね?」

しれっと言うマリウス。


「どう考えてもお前の関係者じゃろうが! 儂は供なんぞいらんぞ!?」

「私もいりませんよ」

「叫んどる小僧――いや、女か? そっちは知らんが、神殿騎士のウィルといえばお主に普段くっついとる護衛騎士だろうが!」

故意に後ろを見ないようにしながら探れば、白い鎧の煌めきが目の端に入る。


 マリウスと会う時、儂も何度か見たことがあるし、挨拶を受けたこともある。礼儀正しく、涼やかな騎士じゃが、職務に忠実というか、融通がきかんというか、マリウス第一。


 はっきり言って面倒臭い。


「……彼が王都に居ない間に出て来たんですがねぇ」

「まくのに失敗しとるじゃろが!」

「どっちも騒がしいわねぇ」

髪をかき上げながらイレーヌが呆れた声を出す。


 こいつのことだから、儂が若返ったと耳にした時点で、旅に出ることを察して、何か任務を与えてさっさとウィルを王都の外に遠ざけたのだろう。その間に急いで、副神官にいろいろ押し付ける算段と、神殿側の足止めのあれやこれやを仕込み、出て来た感じか。


 儂は元々気ままにやっとったし、事務仕事や貴族間のあれこれはなるべく避けとったんで、歳をとった今は身軽じゃが、マリウスは現役だ。そりゃ、追っ手もかかるわな。いや、迎えか。


 それにしても旅に出たとたん、マリウスはついてくるし、アリナは大歓迎じゃが、イオも来るし、ぴゃーはひっついたし、山賊は出てくるわ、イレーヌは出てくるわ、ひどくないか? 


 儂の一人旅……っ!


 駆けて来た馬が2頭、儂らの後ろで速度を落とし、並足になる。


「マリウス様、お一人で出歩かないで頂きたい」

にこやかに笑う青年。


「私はもう神官長の座にはありませんので。貴方の護衛を受ける立場ではありませんよ」

にこやかに笑うジジイ。


 二人の間に花火が見える。


「わぁ、箒に乗ってる。もしかして魔女イレーヌ様ですか?」

そして緊張の走る二人を無視して、弾んだ声。


「そう呼ばれるわね」

「僕は神殿騎士見習いのエルム、ウィル先輩の従者をしております! お目にかかれて光栄です!」

きらきらした目でイレーヌを見ているのは、白い胸当てをつけた少女。僕と言っているが、女性の騎士見習いだ。


「こちらは……」

儂の方を見るエルム。


「街で噂のスイルーン様の隠し子ですね!」

馬上で、ぽんと手を打って声高く言う。


「誰がだ!」

おのれ……っ!

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