第15話 イレーヌ
予想通り、谷に賊が出た。
「思ったより頭がいいようですね」
マリウスが言う通りただ出てきただけでなく、左右の崖からロープが何本か渡され、進路を塞ぐ工夫がされている。これは予想外。徒歩ならなんということはないが、馬で駆け抜けるのは難しい。
ロープの周辺には十数人ほどの人相の悪い男たち。山暮らしも長くなれば見た目も荒む。
「おう! 馬と荷物を置いてゆけ!」
儂たちの中に仲間がいないことに少し驚いたのか、一拍の間があってからおさだまりのセリフを吐いてくる。
「ちと行ってくる」
「いってらしゃい」
馬から降りて、賊どもの方へ。
「馬と荷物を置いていけと?」
「おうよ、そうすりゃ無事帰してやる」
ニヤニヤ笑いながら代表らしい男が言う。
「嘘じゃろ?」
「ひひっ」
答えの代わりに男が剣を抜き、それを見た他の賊どもも武器を構える。
斧、槍、あまり手入れはよろしくないが、無骨で力任せに殴るのには向くじゃろという得物だ。
「私たちが無事に町に着けば、ここに兵が来ますからね」
後ろでマリウスがポツリと言う。
「山暮らしもそこそこ長いようだしの。――お前ら何人殺した?」
声を低くして尋ねる。
「数えてられるか!」
数を頼みに掛かってくる賊ども。
「相手をするのも面倒と思っておったが、斬り捨てた方が早い」
左の手のひらから剣を引き抜く。
この者らの山暮らしが長いということは、それだけ旅人を襲った数も多いということ。遠慮はいらん。
「数だけは多いが、それだけだな」
最初に突っ込んできた相手を、踏み込んで躱しながら胴をなで斬り、そのままの勢いで次を斬る。
これだけの人数、膝の上を斬るなり、手首や首の柔らかな場所を斬るなり、最小限で敵の動きを封じ、剣と腕に負担をかけんのがセオリーだが、
軽くなでただけで、男の着ていた革鎧ごとその身も斬れる。斬れ味も刃の粘りも剛さも何もかも俺好み。振るう度、手に馴染んでいった俺の剣。
躱す動作をそのまま攻撃に転化して、次々屠る。歳を重ねて動きが遅くなった体を技で補っていたが、今は全盛期。動きも気分も過去に戻る。
「相手が悪かったですね。その人、短気でけっこう凶暴なんですよ」
マリウスののほほんとした声が響く。
ただの山賊では十人いようが二十人いようが相手にならん。
「誰が凶暴じゃ!」
最後の男を倒し、マリウスに文句を言う。
「ぴゃー」
「シンジュ様が目を回してらっしゃいますよ。怪我をされたらどうするのですか」
情けない声を聞いて、マリウスが文句を言ってくる。
口元が笑っておるので、内容に関係なく儂に文句が言いたいだけじゃろう。
「敵に背を見せたことなぞないわ。嫌なら離れればいいじゃろ」
ぴゃーが、どういう理屈で背中にくっついているのかさっぱりわからん。
なんで背中がいいのかわからんし、どうやって四六時中くっついたままでいられるのかも謎だ。しがみついているようでもあり、魔法で浮いているようでもあり。
――聖獣は不条理だ。
道に張られたロープを切る。馬の元に戻りながら、剣を振るって汚れを落とし、左手に納める。馬はこの騒ぎに暴れるでもなく、大人しく元の場所にいる。
「さて、行くか」
手綱をとって、隣のマリウスに声をかける。
「町に着いたら、一応門番に知らせましょう」
「面倒じゃがな」
峠にいた最初の男は、この現状を見たらどうするか。逃げるか、今までの蓄えを持ち出すために一旦戻るか。あの貧相さでは山で一人で生活できる能力はないじゃろ。町に知らせておけば、遅かれ早かれ捕まる。
「あなたの服、背中にシンジュ様用のポケットでも作りましょうか」
「やめんか」
「ぴゃー」
「シンジュ様も同意なさっておられる」
「おらんわ」
アホな会話を交わしつつ、谷をぬけて下草が豊かな場所を選び馬のための休憩。木に繋ぎ、馬体を拭く。拭いている最中ももぐもぐと草を食う馬たち。
普通の馬たちは汗をかくと、体が冷え体調を崩しがちなため、手入れは必須だが、魔物まじりの馬は丈夫だ。それでもブラッシングしたり手入れをするのは半分習慣、半分馬への感謝。
儂らも干した杏を食べ、足を伸ばす。
「シンジュ様もいかがですか?」
杏を一つ摘んで、儂の背後に手を伸ばすマリウス。
「儂の背中で餌付けするなと言うに」
「あなたの背中以外のどこでするんですか」
涼しい顔で返される。おのれ。
「あら、ずいぶん愉快だこと」
声と共に空中から現れ、ふわりと草を踏む黒髪の女性。
「イレーヌ、よくいらっしゃいましたね」
微笑みを浮かべて昔馴染みを迎え入れるマリウス。
面倒なのが増えた!
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