第14話 可愛い
丈夫そうなローブを買い、その他細々としたものを買い足した。聞かれた周囲にも聞こえるようはっきり否定しようと、うろうろして話しかけられるのを待っておったのだが、遠巻きにこそこそざわざわと。
聞かれもしないのに否定するのも変かと思ったが、結局面と向かって聞いてくる者はなく、その前に儂の我慢が限界で。
「えーい、儂はスイルーンの隠し子などではない! 妙な勘繰りはよせ!」
振り向いて、後ろのこそこそしておった集団に小さくはない声で言うと、蜘蛛の子を散らすように離れていった。
露店が並ぶ一角を出ると、ぽつぽつと降ってきた。
「そう言うわけでもう今日は宿から出ん」
宿屋でマリウス相手に宣言する。
「相変わらず短気ですねぇ。まあ、私もこの降りでは出ようと思いませんが」
ぽつぽつ落ちてきた雨粒に、慌てて宿屋に飛び込めばすぐに大雨になった。
ただこの季節の雨は長引かぬので、足止めされることもないだろう。急ぐ旅でもないので、足止めされたところでどうということはないが。
「それにしても宿屋で受付をしているところに、噂を聞きいて駆け込んで来た者がいましたよ。早いですね」
「勘弁してくれ……」
頭を抱える儂。
宿屋は情報屋でもある。金額は持ち込まれた情報の内容によるが、最初に持ち込んだ者に金が渡される。
「否定の情報もすぐに流れますよ、たぶんですが」
声を出さずに笑うマリウス。
「何で貴様は騒がれんのじゃ」
「催事の時は大抵派手な格好をさせられてますからね、そちらの印象が強いのでしょう。この顔、この格好で私だと気づく人は少ないと思いますよ」
マリウスの顔は当然ながら銅像とは違う歳月を重ねた顔、服は装飾の少ない長旅を想定したシンプルなもの。おのれ……っ!
小さな事件はあったものの、予想通り雨も上がり翌日には馬に乗って出発。うむ、馬はいいな。
「魔物まじりの馬というのは、いささか複雑です」
「文句を言うな、いいものはいいのじゃ」
魔王がいた頃はとても考えられなかったことだが、五十年も経つと魔物も様々利用される。
「魔王がいない今、いきなり狂うたり力を増すこともない」
魔王がいた時は馬に限らず、魔物の血が魔物まじりの姿を変え、人を襲い始めることもあった。
「選り好みなく食べるし、丈夫だ。気性が多少荒いが、獣や魔物が出るような場所に行くならそれが逆に頼もしい」
旅の間、純粋な馬を養うのはなかなかな金と手間がかかる。それに馬は本来臆病な生き物なのだ。
その点、魔物まじりのこの馬は、その辺の草でも苔でも何でも食うし、熊などに遭っても怯えて逃げ出すとはない。魔王討伐後、爆発的に広がったが、神殿は立場があるのか未だ純粋な馬しか利用しない。
――建前上は、じゃな。さすがに式典などでは見ないが、王都から離れると割と神殿関係者も利用している。便利なものは便利だ、使うなというお告げが出た話も聞こえてこない。
「そういえば、この先の峠に山賊が出るとか出ないとか、宿の客が言っていましたね」
マリウスが道の先を眺めて目を細める。
森の中、この辺りで小高い山に入る。出てきた町からも、行先の町からも遠い、昼なお鬱蒼とした場所だ。峠を越えた先、谷になった場所は道が細く、馬車を使う旅人には難所。足の遅くなった旅人は襲いやすい。
「た、助けてくれ、転んで足を……!」
道に何か落ちている。ひょろりとした情けない顔の男だ。
「――石畳でも、足取りに危なげがないのは評価します」
不満げだが、マリウスが魔物まじりの馬を渋々認めたようだ。
「そもそもなぜ石なんぞ敷いたのかの?」
「さて? 道が途絶えぬようにですかね?」
石畳は馬の
「怪我をして――おい!」
男の前を通り過ぎる。
「わざわざこんな峠にまで石を敷いてるしな」
「本当、この坂の角度を危なげなく進むのはすごいと思いますよ。昨日の雨で濡れて、徒歩でさえ滑る」
男をスルーして、マリウスと二人言い合う。
魔物まじりの馬には
「待て! 町まで一緒に……っ!」
後ろで男が喚いている。
「シャトがいないと面倒がなくていいですね」
マリウスが笑いを含んで言う。
「だのう」
シャトがいたなら、疑念があってもとりあえず足を止めて、男の話を聞くところから、だったろう。
喚いていた男はおそらく、山賊の一味。ブーツが汚れ、ズボンに泥が跳ねていた。どちらの町から来たとしても、石畳の道。服に泥水がしみているならまだわかるが、転んだとしてもああはならない。
あれは街道を外れて山の中をしばらく歩いたのだろう。山の中に根城があるんだろうな。
「転んだより山賊に襲われ逃げてきた、のほうがまだ信憑性があります」
呆れたとばかりに小さく首を振るマリウス。
「山賊に演技力を求めるな。――襲ってくるならこの先の狭くなった場所じゃろうが、どうする?」
「面倒ですし、駆け抜けますか?」
おそらく、それをさせないことが先ほどの男の役割だろう。旅人の中にまじり、本体が襲ってきたところで、後ろからグサリとか。
「コイツなら余裕じゃろうの」
馬の首を撫でてやる。
「貴方、強い動物好きですね」
「可愛いじゃろ」
見ていて安心できる。それこそたとえ、こっちに襲いかかってくる存在だとしても。
「ぴゃー」
「お前じゃない」
「シンジュ様はお可愛らしいですよ」
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