第13話 有名人
「おはようございます」
「ぴゃー」
「……おはよう」
朝の光に目を開けると、木によりかかり本を読んでいたマリウスと目が合う。朝一起き抜けに見て嬉しい顔ではない。
マリウスは人より睡眠時間が短く、儂の半分ほど。昔も今も一人、本を読んでいることが多い。
儂が身を起こすと、ぴゃーが前足をぐっと伸ばして伸びをし、脇腹を伝って背中に回る。そこが定位置か、定位置なのか。しがみついているのは大変な気がするんじゃが。
ぷすー。
ぷすー? そして気のせいか、寝た気配。聖獣とは……。
「昨夜、月に
本を閉じたマリウスが焚き火の側に移動する。
月の周りを淡い光の輪が取り囲むと、翌日は雨が降ることが多い。
「昼までもてばよいな」
町はこの場所からそう遠くない、昼飯は町で食えるはずだ。
焚き火の側の鍋から、湯ざましを水袋に注ぐ。残っている量的に、すでにマリウスは準備済みじゃろう。この辺りの水はあまり良くない、体調の悪い時にそのまま飲むと腹を下す。儂の領地の水はそのまま飲めるんじゃがの。
その後、新しく汲んできた水を沸かし、お茶を飲みながら朝食。荷物からハムとチーズを出し、炙って食う。
「シンジュ様は寝ておられるようですね」
やっぱりか! チーズを片手に背中を覗き込んで言うマリウスに、心の中で叫ぶ。
「町に着いたらまず飯として、雨が降っていなければ馬を選ぶか」
「ロバの方がいいのではないですか? 次の町まではともかくその先は、馬の飼料まで抱えて行くのは難儀ですよ」
「さらにその先、魔物が出ることを考えれば馬じゃろ」
力説する儂。
ロバはその辺りのアザミや麦わらを食ってくれるが、馬はそうはいかない。じゃが、やはり魔物相手には馬の方が怯えが少なく、安心できる。
「貴方、馬の方が好きなだけでしょう」
「デカくて強くて可愛いじゃろうが!」
「ええ、馬は可愛いですよ」
沈黙の間が落ちる。――何の話をしておったのか自分で少し分からなくなった。
馬派は儂とマリウス、ロバ派はシャトとイレーヌ。ただ、ロバの方が環境に強く、しかも安かったため、マリウスがギリギリしながらロバを選ぶことも過去には多々あった。
なにせ馬には、自分の食費や宿代と同じほどかかる。しかも金持ちと思われ、金のない旅人を受け入れる神殿に泊まることができない。まあ、今回神殿に世話になつもりもないし、実際儂とマリウスは金持ちの類じゃが。
しょうもない言い合いをしながら、町に到着。王都で旅のあれこれを調達するより、こっちの方が随分安く揃えられる。
「背中のコレは、町の人々に果たしてどのように映るのか」
思わず町に入る門を見上げ、呟く。
「大抵は見えないか、薄い光を背負っているように見えるでしょうね」
「背中で光られるくらいならいっそ、姿を見せておった方がマシなんじゃが……」
マントから肩のあたりに耳が見える程度の方がマシじゃ。それなら気付かぬ人もおるじゃろうし。
「シンジュ様が姿を見せようと思えば見せるでしょうし、見せたくないと思えば光もしませんよ」
「面倒な聖獣じゃの」
寝とるし。
手続きをして町に入ると、広場だ。そして広場の真ん中に儂たちの銅像。
「こっちはこっちで羞恥プレイじゃの」
銅像は若い頃の姿なので、騒がれることはない。
魔王討伐当時の若い頃の容姿は、肖像画にされたり銅像にされたりと、あちこちで晒されておるので知られているが、歳をとった後の顔はそう広がっておらん。
マリウスは神殿のトップだっただけあって、祭事やなんやらで引っ張り出されて今の顔も売れているが。
ん? 若い頃?
「見られてますねぇ」
「ちょ! 距離を取るな!」
すすす、と儂と距離をおこうとするマリウス。
「まずは貴方の顔を隠す、フード付きのローブですかね。私は宿を先に取っておきますので、ごゆっくり」
そう言って一階が食堂の宿を向いて顎をしゃくって見せる。
広場に面した場所にある宿は、少し値ははるが大抵安全でそれなりに清潔だ。探せば安くて良い宿もあるだろうが、長期滞在するわけでもなし、時間がもったいない。
「く……っ」
宿に向かう、やたら機嫌良さそうな後ろ姿を見て声を漏らす。
かと言って、わしが宿屋を取るからローブを買って来てくれとも頼めん。アイツに借りを作りたくない!
諦めて銅像のある広場から離れ……られない。市があるのは大抵広場、ここにも屋根代わりに布の貼られた露店が見える。
大丈夫だ。銅像と瓜二つだからといって、話しかけてくる者もおるまい。五十年の昔の姿を今と重ねて、本人だとは思う者はおらんじゃろ。色の印象というのも強い。
「あの方は剣士スイルーン様のお孫様かしら?」
「お孫様はまだ姫様一人じゃあなかったか?」
聞こえてくる町の声。あー、あー、儂は関係ないぞ。無関係じゃ。
「騎士団長や辺境伯を継いだ方とは歳が合わねーぞ?」
「隠し子がいたのか?」
「なるほど、隠し子か」
変な結論に辿り着くな!!!!
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