第12話 女神の存在

 マスもヤマシギも申し分なかったが、結局ぴゃーは背中に張り付いたまま夜が更ける。


 昼間は綺麗な緑を見せていた新緑の森は、今は暗く黒々としている。川の方からはカエルの鳴き声、森の奥からは夜に鳴く鳥の声が時々聞こえてくる。


 魚や水を飲みにくる小動物を狙うイタチや狸など、川のそばは何かと動物の気配がある。


「ほれ、寄りかかるぞ。どこぞへ退くがいい」

「ぴゃー」


 木に寄り掛かろうとしたら鳴かれた。抗議か、このまま寄りかかっていいのか、ダメなのかどっちじゃ。


「諦めて横になったらいかがです?」

「何故儂が諦めねばならんのじゃ!」


 野営では大抵、木に寄りかかり剣を抱えて眠る。それはマリウスも知っているはずだ。無防備に横になるなど!


「安心なさい。聖霊は人と共にあらねば、魔物を呼び寄せ狙われますが、人と共にあれば魔物を避けるとされています」

にっこり笑ってマリウスが言う。


「ぴゃー」

「ぴゃーではない! されています、って、なんじゃその曖昧さは? 安心できんわ!」

ぴゃー以外言えんのか。


「貴方、女神に選ばれた魔王討伐の一員だというのに、相変わらず信心が低いですねぇ」

呆れたように少し身を引いて見せるマリウス。


「信心深ければぴゃーの翻訳ができるのか、貴様」

「得意げか、不安げか、音の強弱で概ね分かりますよ。単に貴方が音痴なのでは?」

「ぐっ……」

それは否定できん。


「とにかく儂は木に寄りかかって寝る!」

ふんっ! と鼻を鳴らして後ろに背中を傾ける。


「シンジュ様、諦めて正面にお回りなさいませ。その男も引き剥がすことはしないでしょう」

そう言って、儂に念押しするような視線を向けてくるマリウスに、しぶしぶうなずく。


「ぴゃー」

もぞもぞと前に回ってくるぴゃー。


「股間に張り付くな!」

「シンジュ様、ソレは噛みつきませんから、もそっと上に」

マリウスのとりなしに、おそるおそる這い上がってくる。


「何故こんなにびくついておるのに儂に張り付いておるんじゃ、こいつは」

「聖獣は大抵場所につくものですから。もう貴方を居場所と決めたのでしょう」

「儂は台座かなんかか?」


 儂は馬や犬など、働く動物や、虎や鷹など、強い動物を好む。愛玩動物の良さはさっぱりわからん。――まあ、手触りは悪くない。


 宵っ張りのマリウスは火の番をしながらまだ起きている。昔は四人で交代して見張り番をしたものじゃが、今は二人。それに危険な場所でもない、寄ってくる危険なものは猪くらいか? 


 儂やマリウスが気配を感じ、起きて対処する。それで十分間に合うモノしかいない場所。


「そういえば、おぬしは褒美に何を願ったんじゃ?」

魔王へとたどり着いた儂らは、女神直々に願いを聞かれた。


 五十年、こいつの願いははぐらかされて、結局何を願ったのか知らずに来ている。こいつの願いだけでなく、イレーヌの願いも儂は知らぬ。


 女性の秘密を暴くものではなくってよ、と微笑まれた。女性であることすら怪しい魔女の願いなど、まったく見当もつかん。


 マリウスの願いは王家の繁栄か何かかと思っておったのだが、どうやら違うことだけはうすうす感じている。


「貴方はシャトを人の世に戻す、でしたか。女神は魔王の封が緩んだ後に、と答えられていましたが」

「そうじゃな」

あの時は、無慈悲な答えに腹を立てた。


 儂だけが声に出して願った。願いの祈りというよりは、怒鳴り込む勢いで。


「私の願いは『女神の啓示を受けないこと』ですよ」

マリウスがさらりと言う。


「は?」

どうせまた、はぐらかされるのだろうと思っておったのに答えが返ってきた。思わず木の幹に預けていた背中を離す。


「ぴゃー」

さっさと寝ていたぴゃーから抗議の声。ベッドは動くな? 知らんわ!


「おぬし、神殿の長であろうが?」

「この旅に出る時に返上していますよ」

憎たらしいくらいに涼しい顔のマリウス。


「この五十年……」

「神殿は、女神の声を何も聞くことができない者を、長年責任者に据えていたことになりますねぇ」

なんともいえない笑顔を浮かべるマリウス。


「それでも私は概ね望み通りにすごしましたし、人の世は回っていましたよ。世界をひっくり返すつもりはなかったので、口にはしませんでしたが」


 長らく魔王討伐の一員を輩出してきた我が国の神殿は、世界にある女神神殿の総本山。魔王の気配が遠のき、女神が近くなった今、その辺の農夫であっても啓示やお告げを受けることは珍しくない。


 そんな世の中で、五十年――。


「驚きましたか?」

「ああ、流石の儂もな。おぬしの方こそ、信心が薄いではないか」

「確かめたかっただけですよ」

淡く笑って肩をすくめるマリウス。


 何とは聞かない。魔王が在るなら女神は必要、では魔王がなければ? ――果たして女神は必要なのか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る