第11話 特技

 森は続くが、川は少ない。


 と言うわけで魚じゃ。夜が近づき水温が下がると魚が姿を見せなくなる。


 ギリギリじゃったの。泳いでいる魚を見てほっとする、隠れられると厄介だ。捕まえる方法がないわけじゃないが、それは面倒だ。


 ぴしり。


 細く長い枝を振るうと、魚が宙を舞う。泳いでいる魚を枝で引っ掛けて、水から放り出している。


 いったい何のきっかけで始めたんだったか。ああ、確かシャトに煽られたんじゃった。いや、煽ったのはマリウスとイレーヌじゃな。シャトは逆に儂を擁護した、シャトの釣った魚を分けると言われ、儂が勝手に反発したんじゃった。


 釣りは割と得意なほうだったが、その日はたまたま儂だけ釣れなかった。なのに水の中を魚がのんびり泳いでいるのが見えて、腹を立てて竿にしていた枝で引っ掛けて。――あれが最初じゃな。


 4匹ほど水から跳ね上げたところで、水面に出ている石を飛んで岸に戻る。草の上で暴れる魚を捕まえ、水辺で捌いて内臓を洗い流す。先に葉を残した若枝をエラに通し、4匹を連ねる。


「……ぴゃーは何を食うのじゃ?」


 戻ろうとして、はたと気づく。精霊は供物から、というか祈りからしか力を得られんとか何とか。


「ぴゃー」


 まあいい、戻って専門家に聞こう。ヤマシギ1匹、それなりの大きさのマスを4匹。マリウスはヤマギシ半分、マスは1匹ってとこじゃろ。ぴゃーが1、2匹食べても問題ない。


「結局、ぴゃーで定着しているではないですか」

 戻ってマリウスに聞くと、まずあきれられた。


「シンジュは何を食うんじゃ?」

「食べなくても問題はありませんが、人々の祈りと言祝がれた供物ですね。言祝ぎは私ができますよ」

 言い直した儂にこともな気に答えるマリウス、性格が悪くてもさすが神官じゃな。


 昔よりは丸くなった気はするが、儂が身構えたり勘ぐったりするのはしょうがあるまい。


「なるほど、ではとりあえず焼くか」

 荷物から塩を取り出し準備をする。


「どうぞ」

「ん」

 マリウスから差し出された草を受けとる。


迷迭香マンネンロウか」

 流れで濯いだらしく、濡れていたので軽く振って水を切り、早く焼けるよう開いて半身に分けたヤマドリに擦り付け、残りをマスの腹に詰める。


 儂が獲物を見つけている間に、火を熾し、周囲で他に食うものがないか探したのだろう。


 迷迭香は香りの強い香草で、肉の臭み消しによく使われる。淡白な魚の身に香りづけするのにも相性が良く、重宝する。


 旅人が種を見つけると採取してばらまく習慣があるため、街道沿いにはこういった香草がよく生えている。


「平和ですね」

 マリウスが火にかけられたマスを眺めて言う。


 作物の実りや流通に問題があると、飢えた者たちが根こそぎするためこうはいかない。魔王討伐の旅は、人の近づかぬ魔物の跋扈ばっこする場所の方が豊かだったくらいだ。


 陽が落ち、周囲が暗くなってゆく。薪のはぜる音を聞きながら火を眺め、時々ヤマシギやマスを刺した串の角度を変え、枝を突っ込み薪の位置を変えて火加減を調整する。


 夜に鳴く鳥の囀りや葉擦れの音が聞こえるが、静かな夜だ。一緒にいるマリウスも沈黙は苦ではないタイプで、騒がしい男ではない。


 マスがら脂が滲み、火に落ちてじゅっと音を立てる。


「ぴゃー」

「そろそろですかね?」

「マスはいいかの。ヤマシギは――おぬし、少し焼きすぎなぐらいの方が好きじゃろ」

 この男はしっとりジューシーな肉より、少し焼きすぎな肉を好む。


 店では格好をつけているのか、焼き具合にうるさく注文をつける。もちろん、焼きすぎなんぞ論外。多分、マリウスが焦げた肉を好むのを知っているのは、旅の仲間だけだ。

 

「ところでこのぴゃーは、いつ背中から取れるのじゃ。まさかこのまま食うつもりじゃないだろうな?」

 食う時くらい離れるよな?


「そこが色々な意味で安全圏だと思っているようですね」

 そう言ってマスの串を一つ手に取り、片手で撫でるような仕草をしながら何事か呟く。


「こぼされるのも嫌じゃし、うっかり潰すのも嫌じゃぞ」

 儂は潔癖とは程遠いが、流石に背中で飲食されるのは抵抗がある。


「ぴゃー」

「潰すことはないんじゃないですかね? 寄りかかったとして、木も岩も聖獣が触ろうと思わなければ透過しますし」

「ぴゃーの翻訳スキルが高すぎるぞ、貴様」

「一般的冷静な意見です」

「って、マスを後ろに差し出すんじゃない!」

「言祝ぎは終わっていますよ」

「そう言う問題ではないわ!」

「ぴゃー」


 静かな夜、どこ行った!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る