第8話 聖獣
森に分け入り、声のする方に向かう。
魔王トーラーが魔物たちを使って人間に物理的に干渉してくるのに対して、善なる神ラーヌは人間の世界にお告げで精神的に干渉する。そして魔王が稀に人間に直接囁き唆すことがあるように、聖霊は善神の物理的干渉なのだという。
聖霊の形は様々だ。植物や動物の形をとることも、人間の形をとることさえある。聖霊が機嫌よくいるだけで、その土地は豊かになるため、見かけたら手助けするなり見守るなりするのが習わしだ。
「……」
ぴゃーぴゃーという少しなさけない声をたどり、下生えの枝をかき分ける。――真っ白いフェレットのような物体が絡まって地面に落ちていた。
「……」
確かに体は長いようだが、どうやったら固結びになるんじゃ? これ、一応聖霊の類かの? 獣の姿ゆえ、聖獣か。見なかったことにしてはダメかの?
「ぴゃー」
動物の表情なぞ分からんのだが、ものすごく半泣きな様子。
「あー……。といてやるから暴れるでないぞ?」
絡まった聖霊なんぞ、初めて見た。
暴れたところで固結びなんだが。そろそろと手を伸ばし、聖獣に触れる。む、ふわふわ……。無駄にいい手触りしおって。
言葉がわかったのか、大人しくしておるので絡まりをそっと解く。何をどうやっても痛そうな気がしていたのだが、存外引っかかることもなくするりと解けた。
ラーヌを顕す白、耳の先と手足、尻尾の先だけ青灰色。短い手足に長い胴、フェレットより心持ち丸い顔、丸い尻――太り過ぎか? 首とか胸の上の方は細いのになんかどっしりしとるな。ああ、伸びるとほぼ同じ太さなのか。
「ほれ、これでいいじゃろ」
ようやく自由になったとばかりに、慌てた感じで自身の体をぺろぺろと舐める聖獣。
特に問題ないようだな。聖霊は割と丈夫なもんじゃ。
「ぴゃー」
街道に戻ろうと背を向けたら、マントをよじ登って来た。
「これ、儂は長旅の途中じゃ。ついでにラーヌに関係する者を傍らにおくつもりはない――、っておぬしが鳴くから集まって来たじゃろが!」
森の中から魔物の気配が二つ、三つ、四つ。街道に近い浅い場所に昼間からいるものではないので、確実にこの聖霊狙いじゃろう。一体いつから鳴いていたのか、随分奥の方から呼び寄せたらしい。
「
名を呼ぶと、左の手のひらから剣の柄が姿を見せる。儂が使える唯一の魔法、とはいえ儂の魔力を使うというだけで、魔法自体はこの水焔にかかっておるのだが。
剣を引き抜き、魔物の襲来に備える。
気配だけでなく、地を走り草を踏み、枝の折れる音が聞こえるようになり、やがて魔物が姿を見せる。
「
梟一羽に狼三匹。
森の奥に棲みついた魔物だろうが、この森自体が人の生活圏に近い場所だ、大した魔物ではない。
一歩も動かないままで、顔を狙って突っ込んで来た梟を斬り落とし、剣を返して狼を一匹切り捨てる。残り二匹はまとめて
走って来た勢いのまま飛びかかって来た三匹だが、連携も何もないのでは、相手にもならん。同時に襲って来ても二匹の距離が近ければ、的が狙いやすく固まっているだけの話だ。
剣を振るって魔物特有の赤黒い血を落とす。これだけで水焔の表面には一滴も残らず、曇りもない。
左手に剣を納め、ため息を一つ。
「おい。しがみつくな」
背中にがっしり聖獣がしがみついている。
しがみつかれて皺が寄っているであろうマントを引っ張る。む、結構力があるな?
「ぴゃー」
マントに顔を埋めておるのか、くぐもったさらに情けない鳴き声が背中から上がる。
「おい、大人しく離れろ。儂は飼わんぞ」
マントがひきつれる。どうやらいっそうしがみつくことに力を入れた様子。
「おい……」
困るのだが。
背中に聖獣をくっつけたまま、とりあえず魔物の核を壊す。魔物はこの核を壊すと一部の部位を残して崩れて消える。逆に核をそのままにすれば、長い時間がかかるが、再び元の姿に戻って動き出す。
梟は羽根を残し、狼は牙を残した。今の儂にとっては特に価値あるものではないが、一応拾っておく。――稼ぐことを知らない、シャトやマリウスに呆れたことを思い出す。狼の魔物は割と多いので、国の支援の届かぬ地では、牙はいい小銭稼ぎになった。
最後の方は、マリウスが守銭奴になっとったがの。
「おじい様!」
街道に戻ると、アリナが駆け寄って来た。
「おかえりなさいませ」
ちょんと片足を引き、腰を少しだけ沈める略式の挨拶を返してくるイオ。
「貴方にしては時間がかかると思えば、何を愉快に貼り付けているんです?」
「うるさい。取れんのじゃからしかたないじゃろ! ほれ、土産じゃ」
めざとく揶揄って来たマリウスに狼の牙を投げる。
「おや、懐かしいですね」
危なげなく受け取ったマリウスが、手のひらの中のものを見て言う。
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