第7話 物珍しさ

 アリナたちと森の中の街道をゆく。木漏れ日の中、時々ピロピロと小鳥のさえずりが響く。


「おじい様、この鳴き声は何ですか?」


 鳴く鳥の名前、枝を伸ばす木の名前、小さな花の名前――いろいろなことが珍しいらしく、儂の袖をちょんと引いて聞いてくるアリナ。


「ミドリワタリじゃの。この季節に渡ってくる喉が緑色をした小鳥じゃ」

基本緑豊かな森の鳥だ。王都にある王の森にも来るが、人の気配から遠い奥の方にしかおらんので、アリナは知らなかったとみえる。


「おじい様、今のは? 魔物?」

ギャーギャーという不気味な鳴き声にアリナ。


「カシドリかの? 怖いものではないから安心せい」

夜になると獣の声を聞くこともあるが、昼間鳴くものは鳥が多い。


 縄張りに入り込まなければ、獣に襲われることはめったにない。森の中を通る街道は微妙なところだが、この季節獣が飢えるほど獲物が少ないわけでもなく、昼間か、夜でも火を焚いていればわざわざ人を襲うことは少ない。


「おじい様、この花は? お城の中庭で一度だけみたことがあります」

小さいが目立つ黄色い花を咲かせた雑草。


 雑草という名の草はない、思わず答えにつまる。


「繁殖力の強い草じゃが、今のところとくに利用価値は見つけられておらんの」

ずるいジジイは名前以外のことを答える。


「用途無く生えている草はまとめて雑草と言います。一度だけ、庭師の目を潜り抜けたんですね」

にっこりばっさり言い切るマリウス。


 王城の中庭は国外の貴賓の目にも止まるため、寸分の隙もなく整えられているはずの場所だ。


「人間の価値で決めるのはいかんと思うぞ」

儂も普段は雑草分類ではあるが、アリナの前では優しくありたい。


「名前自体を人がつけていますからねぇ」

「カガミグサですわ。その葉で銅鏡を磨くと輝きを取り戻すそうです」

食えない笑顔のマリウスの隣でイオが言う。


「お姉さま、物知りですわ!」

目をキラキラさせてイオを見るアリナ。


「淑女として当然ですわ。――とはいえ銅鏡を使う方が減り、今は忘れられた名前かもしれません」

口の端にあるかないかの淡い笑みを浮かべるイオ。


「……淑女にいる知識なのか?」

公爵家の教育怖い。思わず隣のマリウスに小声で確認をする。


「分かりかねますが、鏡を使う古い魔法についてならばイレーヌから聞いたことがあります」

絶対魔女知識! 淑女じゃない!


 ちなみに魔女イレーヌの口癖は「魔女として」だ。順調に縮小版が出来上がっているようで困る。知識はともかく、頼むから性格は真似てくれるな。


「イオはすでに公爵家の教育をほぼ終えているんですよ。残っているものも、止まっているのは年齢が理由だそうです。夜会の手配など、実務は流石に早いですからね」

「11でか!? しかもお前んとこ普通じゃないだろう」

公爵家といえば、歴史、地理、政治、戦略、哲学――ほぼ王家と同じ教育だったはずだ。


 旅の間、魔王を討伐後に絶対爵位を押し付けられて国に封じられるのだからと、嫌だと言うのに毎夜マリウスこいつとシャトに詰め込まれた思い出。ほとんど右から左だったが、後から一般的な貴族の教育じゃなかったことだけは分かった。


 他の貴族の目の届かない辺境最高!


「あなたの孫も大概だと思いますが……」

人のこと言えないだろうと、冷めた目で見て来るマリウス。


 最近、ちょっとうっかり騎士団長の長男から一本取ったらしいが、アリナは可愛いからいいの! 


 ぴゃー


「おじい様、あの声は?」

「あれは……。なんじゃ?」

「なんでしょう?」

イオも何も言わないところをみると、知らんらしい。


 足を止め、耳を澄ます。


 ぴゃー


「聖霊の類かの? 見て来るゆえ、休息しておれ」

「おじい様、私も行きます」

「その格好で薮に入るのは無理だ。次回はズボンにするか、来る前に保全の魔法を掛けてもらえ」


 アリナは儂の血を継いで剣の才は破格。しかし、体が軽すぎて致命傷を与えられぬので、実戦では問題外だ。狙う場所も考えてはいるようだが、人相手と動物や魔物相手では違う。


「せっかく剣を補助する魔法を習得したのに残念です」

しゅんとするアリナ。


 今現在アリナが魔法の道に進んでいるのも、あくまで剣での戦いを優位にするためらしい。儂には魔力はほとんどないので想像もつかんが、マリウスの身体強化魔法のようなもんかの?


「帰るために必要な魔力、そして淑女として、いざという時のための攻撃魔法用の魔力は残しておかねばなりませんわ。――ごめんなさい、アリナ。次回までに必ず保全の魔法を使えるよう、魔力を増やす努力をするわ」

きゅっとアリナの手を握るイオ。


 いや、城で普通に宮廷魔術師に頼めばいいのでは……?


 腑に落ちないまま、草をかき分け森に入る。どんな理由であってもやる気になるのはいいことだ、幼児おさなごのそのやる気を削ぐつもりはない。


「まあ、私が使えるんですけどねぇ」


 マリウスは黙っておれ。

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