第6話 孫娘アリナと魔女の弟子イオ

 マリウスと一緒に次の町へと森の中の街道を歩いている。馬を借りるかという話も出たが、のんびり歩いて行くことになった。魔王の現れた時代、街道も荒れたが、シャティオン前王が修繕に手をつけ、今は大分元に戻っている。


 もっとも儂は自領と王都の行き来くらいでしか使わんので、他の様子は分からんのじゃが。領地内の街道は儂が自主的に直したが、おそらく他の領土でもある程度の負担はあったはず。道の出来は均一ではないかもしれん。


 それでも荒れたどころかエグれたような街道跡を、魔物におびえながら進むような状態だった時代よりははるかに良い。まあ、王都に近いこの辺りは荒んだ雰囲気はあったものの、道の石畳自体はそう変わらないが。


 じゃが、あの時より明るく見える。空気が軽く、世界が広い。


「あの時は少しでも魔王に近づこうと前しか見ていなかった。――光が透ける若葉というのもなかなか綺麗なものですよねぇ」

隣をのほほんと歩くマリウス。


 魔王討伐の旅の間は、馬が合わない男だと思っていたのだが、今は妙に考えていることがかぶる。


「おじい様!」

儂を呼ぶ声に振り返ってぎょっとする。ここにいるはずのない孫娘が駆け寄ってくるのが見えた。


「アリナ!」

目の前でアリナが踏み込み、白いスカートが丸く膨らむ。おそらく魔法を使って飛ぶ高さを調整したのだろう――アリナを抱き止める。


 アリナの背中をぽふぽふと軽く叩きつつ、後ろの人物を見る。


「アリナ、いくら嬉しくても淑女としてはしたないわ」

整った顔のアリナより3歳年上の少女。


「ごめんなさい、お姉様」

そちらを見て笑顔のまま謝るアリナ。


「ふふ。アリナは可愛い」

儂に抱かれたままのアリナの鼻の先に、人差し指でそっと触れる。


 形は違うが、細部の模様やパーツ、色が同じドレスを着ている二人。仲が良いことは結構なことなのだが、微妙に不穏な気配がするのはなぜだ。


「久しぶりですね、イオ。アリナ様も」

マリウスが驚く風もなく話しかける。


「お久しぶりです。お会いできて嬉しいです」

儂の腕の中でにこにこと笑顔を振りまくアリナ。


「お久しぶりです、おじ様、アスターのおじ様」

木々に囲まれた街道の真ん中で優雅に膝を折るイオ。


 二人とも儂から見れば幼いが、この頃の3つ差というのは大きいのか、イオはだいぶ大人びた対応をする。


 現公爵の末の子でマリウスの血縁、そして魔女イレーヌの弟子。長く生きるイレーヌには、弟子と呼ばれる者が多いが、後継と目される者はこのイオただ一人。


 イオは胎に宿った時から魔力量が多く、一時はその魔力に母の体がむしばまれ、マリウスがイレーヌを呼ぶ騒ぎになったと記憶している。その後、定期的にイレーヌがイオから魔力を抜いている。制御されていない魔力は、人の体を損なうのだ。


 イオがイレーヌから魔力の制御を学び始め、魔法の道に進んだのは当然のことだった。アリナまで魔法の道に進むとは思っていなかったが。


 王家は勇者の血筋を守るため、血を選び婚姻を繰り返した。侯爵家もまた、王家のスペア、そして勇者を補佐する者を排出するため、強い魔力を持つ者を取り込んできた。


 それもこれも復活する魔王に対抗するため。実際、勇者は王家から、旅の仲間の内最低一人は公爵家から出ることが続いていると聞く。


「移動の魔法ですか?」

「はい。イレーヌ様がよい機会ゆえ、週に一度ほど移動の魔法を使い、おじ様たちを目印に距離を伸ばせと。私はまだ世界を知りませんので」

マリウスの問いにイオが伏し目がちに答える。


 移動の魔法は何か目印になるものがなければ上手くいかないと、イレーヌに聞いたことがある。それは術式を施した目印であったり、血族の血であったり魔力であったりする。


 魔女イレーヌは規格外で、一度行った場所ならば、風景を脳裏に浮かべて飛ぶことが可能だった。イオが目指しているのもそのレベルなのかもしれん。


「アリナは?」

「アリナもお勉強です、おじい様。おじい様と世界を見てこいと、シャティオンおじい様が」

アリナに聞くと同じく勉強だと言う。


 イオの暴走を止めることができるのは、今のところイレーヌとアリナだけなので、付き合わされたのかもしれない。


 アリナは王女で可愛がられているが、国としてはこの年ですでに移動の魔法が使えるイオの方が重要なはずだ。


 それに移動の魔法で一緒に飛ぶ相手は、よく知っている相手でないと難しいと聞く。イレーヌが規格外すぎて、その辺の加減はよくわからんのだが。


「シャティオン様の声で浮かべると、意味が『おじい様と一緒に世界を』ではなく、『おじい様』を見てこいに聞こえるのですが、気のせいですかね?」


 マリウス、不穏なことを言うな!

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