第4話 マリウス=クラブ=テルバン
「神殿はどうした、貴様!?」
「老体ですからねぇ、引退してきましたよ」
「さらっと言うな! 簡単にできることではないであろうが!」
うさんくさい笑顔で返された言葉に、思わず言い返す。
「ここ一月ほど体調がすぐれませんで、もって何年でしょうかねぇ? ごほっ、ごほっ」
「真顔で咳の真似をするのはやめろ! というかその擬音の棒読み止めろ! 貴様はあと五十年は生きるわ!」
「勝手に種族の壁を越える寿命にしないでいただきたい」
かすかに眉を寄せ、穏やかな声で不満を伝えてくる。
そうだ、コイツはこういうヤツだった……っ!
齢73、歳をとってもどこか優雅なマリウスは未だ女性にモテる。そもそもテルバン公爵家の出で、王家の血も混じっており王位の継承権もあった。
帰還後に公爵家を継ぐはずだったが、王家にシャトが戻らなかったため、要らぬ権力闘争に巻き込まれる前に、さっさと俗世を捨てて神殿に入った男だ。結局爵位は弟が継いだ。
「私が残るとするでしょう?」
「ん?」
「あの方が、三日と空けず貴方の様子を水盤で見せろと言ってくる未来しか見えなかったんですよねぇ。面倒臭い」
気だるそうに言うマリウス。
「……」
最後の一言は不敬ではないか? だが否定、否定ができんぞ!? シャティオン様がやりそうなことだ。
「魔王討伐の旅ではありませんが、貴方の『旅』ならば気になって仕方がないでしょうね、業務に支障が出るレベルで」
「その辺は血族としてなんとかしろ。儂もあの方の行動には、迷……いささか困惑しておる」
「迷惑とは不敬な」
マリウスが涼しい顔で突っ込んでくる。
「名を出しておらぬし、ギリギリ言っておらんわ!」
お前の面倒くさい発言の方がひどいだろうが!
「……おい。神殿で拝見したことのある顔なんだが、気のせいか?」
「門を出るところで声をかけられて、フードの中の顔は見てないぞ。そして俺は馬を操ってるから前しか見えない」
「おまっ、見ないふりかよ! 絶対お忍びで抜け出そうとしてるお偉いさんだろ!? これ手伝いして、後でつかまらねぇだろうな? 本当に『お告げ』なんだろうな?」
「大丈夫、俺は見てない。知らなかった!」
「大丈夫じゃねぇえええっ!」
――なんというか、小声でこそこそと話していた馭者と護衛の男の声がだんだん大きくなってきてだな。
「真面目に追っ手がかかるなんてことないだろうな?」
腕を組んでマリウスをジト目で見る。
「大丈夫ですよ、多分」
穏やかに笑うマリウス。
「多分ってなんじゃ、多分って!」
「罪を犯したわけではないですしね。手紙も宿題も置いてきました、多分四日くらい徹夜をしたら、こちらに割く労力がなくなって諦めますよ」
それダメなヤツって言わないか?
確か神殿のナンバー2はマイクロフト侯爵のところの
「多少ですがマイクロフト家も絡み、十を超える家が没落する可能性のある事案ですので、きっと頑張ってくれますよ」
ちょっと聞いただけで頭の痛くなるような内容を、さらりと口にしながらにっこり微笑む目の前の男。
「まさか仕込んだのではあるまいな?」
「ふふ。今、一連の出来事が表に出てくるように少々手は加えましたが、元々あった問題ですよ?」
本当に含み笑いの似合う男だな!?
――神殿でこいつの部下、大変だったじゃろな……。
「貴様の体力は心配せんが、野営もする旅じゃぞ? 神殿で大事にされとった男に耐えられるのか?」
「何をおっしゃる。神殿では質素倹約、精進潔斎して神への奉仕ですよ?」
すました顔のマリウス。
嘘をつけ。神殿の上級神官の身の回りは、派手ではないが全て吟味されたもので揃えられていたはずだ。
ただ体力の方は本当に心配していない。マリウスは回復魔法のほか、身体強化魔法も得意で、魔力が尽きるまでコイツの体力も尽きないことは、過去の旅でよくわかっている。コイツは死ぬ時まで元気なままじゃ。
体術・棒術を修めておって、魔王討伐のために旅立った当時、おそらくマリウスが一番強かった。だが、魔王を倒せるのは女神ラーヌの剣を持つシャトのみ。パーティーに回復役がおらんと困るから、という理由でその役割を担っていた男だ。
実戦を積むごとに、儂もシャトも強くなったので、マリウスが一番強かったのはあくまで旅の初期だ。まあ、マリウスもえげつないくらい魔法の実力を上げていたが。
「いっそイレーヌも呼びますかねぇ」
「止めろ! 静かな旅がカオスになるじゃろが!」
マリウスが口に出したのは旅の仲間の4人目。大地の魔女と呼ばれる美女、もしくは少女、もしくは幼女、たまに男。なんというか、気分次第で姿を変える年齢不詳性別不明、どう扱ってよいかわからん人物だ。
マリウスとイレーヌ、二人揃うと厄介なんじゃ! からかわれたりいじられたりした覚えしかない! 儂ののんびり旅の予定が危うい……っ!
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