第3話 出立
「さて、まずどこへ行くか」
王都の門を出て、城壁の外に溢れた町を抜け、麦畑に囲まれた道の真ん中で周囲を眺める。三叉路を前に思案する儂。
結局、シャンティオン様に呼び出され、王都から旅立つこととなった。王宮で頭の痛い数日を過ごしたが、騎士団長を勤める長男と王妃になった娘、孫娘に会えたのでよしとしよう。
染め粉で頭が黒いままだが、さすがに勇者パーティーの剣士と気づく者はいない。恥ずかしいことに絵姿や彫像もあちこちにあるが、辺境伯として歳をとった姿を何度か晒しておるし、勇者パーティーと結びつけるのは難しいだろう。
なんで黒髪になっているのかは話したくない。シャンドル陛下に物凄く謝られて、旅の
魔王討伐時に使っていた装備は、国から借りたものは返還しているし、防具の類は戦いで使い物にならなくなったものも多い。今、儂が持つのは儂の剣のみなので、ありがたい。
――魔王討伐の旅も、王宮からであったな。あの頃は、儂が住んでいた場所と比べ、王都周辺はまだ平和で暢気だった。勇者を送りだす催しなど、のんびり悠長なことをする面々にイラついてしょうがなかった覚えがある。王族であるシャトともよくぶつかった。
辺境伯を務めた今、華やかな催しは人心を落ち着かせるため、そしてその裏で各方面への根回し、儂たちだけでなく騎士団の派遣など、準備の時間が要ったのだろうとわかる。
実際、魔王討伐の旅はきつかったが、王国内で町や村に寄れば、魔物に荒らされる中、食料を提供してくれたり、使いが置いていった物資を受け取ることもできた。
かつての魔王討伐の旅路をたどるつもりではいるが、王都から出た一月ほどは印象が薄い。旅の始まりは被害の出ている都市へと派遣される騎士団と一緒で、移動は馬車、泊まりは天幕だった。
立ち寄る町には全ての人数を収容できる宿はなく、水などの物資の調達で入りはしたが、それだけだ。騎士団の中の高位貴族は宿を使い、王族であるシャトを含む儂らにも声がかかったが、シャトが断った。
王都に近い都市ほど――人の手が入っている場所ほど魔物の被害が少なく、そういった余裕のある都市から兵が合流してきて、そしてすぐに被害が著しい都市に向かい、分かれていった。
飛行するタイプの魔物は思いもよらぬ場所に現れることもあり、騎士団と一緒に何度か戦ったこともある。旅の始まりは場所よりも共闘した騎士たちの印象が強い。
四人での活動の記憶は王都から離れた小さな村から。まずはそこを目指すつもりで出てきた。三叉路のうち右と中央、どちらを進んでも距離は似たようなものだ。
「おう、兄ちゃん! テルマなら銅三枚でどうだい?」
いっそ棒倒しでもして決めようかというところに、街道を進む荷馬車から声がかかる。
テルマは確か右の道を行った先にある町。どうやら進む道が決まったようだ。
「頼もう」
儂の返事に
銅貨三枚を払って、乗り込む。荷台には王都で買い入れたものか、木箱がいくつかと先客が二人。
一人はすっぽりと頭からローブをかぶっている。知り合いか、儂のように金をもらって乗せたのか、馭者とそう親しいわけではなさそうだ。もう一人はおそらく護衛に雇われた冒険者だろう。
王都に何かを納品した帰りというところか。鉄の車輪がついており、
冒険者らしき男は剣を抱え、木箱に寄りかかって座っている。不服そうにじろじろとこちらを見てくる、儂がどんな者か探る視線。気持ちはわかる。
素性が謎な剣を持つ者を拾うなよ! 人気のないとこで強盗に変わったらどうすんだよ! ってね。
人のいいシャトが、見るからに怪しいヤツに一緒に次の町に行こうと声をかけて、何度か頭の痛い思いをしたことを思い出す。
何事もなかったことがほとんどだが、ソロの荷物泥棒と野盗の仲間の誘導係が何度か、一度だけ魔王の手下。懐かしい。
「ご苦労さん、よろしく頼む」
一言声をかけて、ローブの隣、護衛の向かいに座る。
「その人も『お告げ』の人だ。もう乗せねぇよ」
「なんだ、早く言ってくれよ」
馭者台からのん気な男の声がして、護衛の肩から力が抜ける。
最近は猫も杓子も『お告げ』だからで済ます。本当に『お告げ』があったのかは疑うが、『お告げ』自体を疑うことはない。
『お告げ』は善なる神ラーヌの導きとご意志、そのまま従うことが己自身にも世界にも良いという認識が根付いている。
「最近はどなたにも『お告げ』が降りますね。商売上がったりですよ」
そう言って、目深にかぶっていたフードを取る隣の同行者。
聞き覚えのある声――
「って、おまっ!」
「ふふ。何をするのか知りませんが、抜け駆けはいけません」
マリウス=クラブ=テルバン。神殿の最高位まで登りつめた男が、不似合いな荷馬車の上で青青とした麦畑を背景に笑っている。
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