第2話 王と前王
「見れば分かるだろうが、この状態では人前に出ることはできぬ。混乱するだろうからの」
遠見会話のオーブにより、空中に浮かび上がった半透明なシャンドル王、シャティオン前王の二人を前に説明をしている現在。向こうにも儂の姿が浮かび上がっているはずだ。
深い赤のどっしりとしたカーテンの前に並ぶ、シャンドル=ブラッドハート=シュレル、シャティオン=ブラッドハート=シュレル。勇者シャトの血族二人。
前王のシャティオン様はシャトの甥にあたり、儂たちが魔王討伐を果たした時、10歳にみたない子供だった。そのことを思うと、今の白が混じり始めた髪と皺を刻み髭を蓄えた顔を見るのは感慨深い。
通話を始める前の連絡で、ある程度事情を聞いていたのだろうか、特に驚くこともなく最初から黙してこちらの話に耳を傾けてくれた。
魔王討伐から50年の記念パーティーはシャティオン様が発案者ではあるが、公布と招待状はシャンドル王の名で出ている。
シャティオン様とは多少交流があり、シャンドル王には娘が嫁ぎ、王妃におさまっている。妙な話ではあるが他の高位貴族たちよりは気安い。
「……スイルーン殿」
厳かにシャンドル王に呼びかけられる。
「それは女神のご意思か」
「うむ」
息子やバートたちが多くを聞かなかったのも、背後に女神の存在を感じたからであろう。
五十年前に行った魔王討伐から、女神が人に語りかけ道を示すことが増えた。女神からの啓示ははっきりと分かりやすいものから、人の身ではその事が起こるまで意味を図れぬものまで。
「では我には止められぬ」
王が言う。
スイルーン=ソード=アスター、
魔王討伐から50年の時を重ねた今、王の心配ももっともだ。歳をとった儂の強さは、試合ならば騎士団長――儂の長男と競る程度。
魔王を討伐し、魔物たちが積極的に町を襲うことは絶えて久しいが、人が足を踏み入れぬ土地や、町に静かに根付いている魔物はまだ数多くいる。一人旅をするには物騒な世の中だ。
王からすると引き止めるには強く、心配なく一人旅に送り出すには弱い。ただ、おそらく儂はこの見た目の年齢の頃の強さに戻っている。
――永の年月で、魔物の素材も人の生活に利用され、組み入れられている。魔物が完全に滅びて困るのは人間だろな、と今の話題と関係のないことを思いつつ、黙り込んだ王を見る。
魔王討伐に参加した者が、王家の手の届く場所から離れることはあまり歓迎できることではないだろう。もっともすでに70過ぎのジジイ、お役御免になってもいい頃合いでもある。
そして魔王討伐時の姿に戻った儂が王都近くをうろつくと、王家と人気を二分する可能性があり、あまりよろしくない。それは討伐から帰った時によくわかっている。
回復を務めたマリウスは神殿に入り世俗から離れ、魔法使いのイレーヌはさっさと森に引っ込んだ。引っ込んだままの辺境伯とはいえ、儂が一番国の中枢に近い。
――王家の血を持つ勇者シャトが無事帰還すれば話は別だったろうが。個人の好意や感情のまま動けないと言うのも厄介な立場だな。辺境伯を頂いた直後は、貴族の付き合いとやらで儂もブチギレそうだったが。
だからこうして話しをし、義理を通している。まあ、その他にも厄介なことがあるんだが。
「旅立ちの前に我シャティオンから一言ある」
厄介ごとが難しい顔のまま口を開く。
「なんでしょうな?」
少々面倒な気配を感じつつも聞き返す。
「――出発前にぜひ、魔王討伐時の装備を! 見せて!!」
「アホか!」
いきなり大声を上げた前王に思わず叫び返す儂。なんとなく予想はしていたが、お前、威厳はどうした!
「見たい、絶対見たい! 我の権限で……」
「父上……っ!」
「やかましいわ!」
60に近い男が駄々をこね始め、息子の国王に諌められている。思わず儂も怒鳴ってしまった。
シャティオン様がシャンドル様に譲位したのが昨年のこと。この国は、王が60を前に次代に王冠を譲ることが習わしになっている。
「ああ、シャティオン様は相変わらずですね」
「魔王討伐50周年のパーティーも、前王の威厳のためには中止でよかったかもしれません」
後ろで見えないが、遠い目をしているであろう、エディルとバート。
「「剣王スイルーン、大好きですものね」」
後ろでハモルな!
「我、見たい! 見たいぞ!! 全盛期の剣王!!」
「父上ぇえええっ!!! 侍従長、オーブを仕舞え! ちょっ、暴れないで下さい!」
「あら貴方、また駄々をこねてらっしゃるの?」
映像の外から前王妃エルディー様ののんびりした声がしたかと思うと、ぶつんと声と映像が消え去り、息子に譲った執務室の壁がはっきり見えるようになる。
一体エルディー様にどんな目にあわされているのか。――過去に見聞きしたことから大体想像できてしまうのが困る。
「賢君と呼ばれた方なのだがな……」
思わず遠い目になる。
シャティオン様にはぜひ自分の心を押し殺し、王族の顔を保っていて欲しいところ。
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