光の中へ消えた~Left into lights~⑤

怒号か雷鳴か、その判断に困る程、大きく厳しい言葉が飛ぶ。大雨の降り出した夕刻、施設の一角にある会議室では、重大ヒヤリである『鷹村千世の失踪』について対策会議が行われていた。

ただ、会議と言うに相応しいのは議題の書かれたホワイトボードくらいで、実際はその当事者である光子の公開処刑と言って差し支えないものとなっていた。

「だから…どうして千世を公園に放置した!職務放棄だろうが!…まさか、お前らは自分達のこと仲良しの友達だとか思ってないだろうな!お前らは利用者と従業員だぞ!仕事を何だと思ってやがる。遊びじゃねぇんだぞ、遊びじゃあ…。」

鬼の形相で光子を責める豊田。その威圧感は周りの人間に有無を言わさなかった。光子が謝罪を述べ、頭を下げても、豊田はいちゃもんをつけるばかりで聞く耳を持たなかった。結局、光子が何も言えなくなり沈黙すると、豊田が再び罵詈雑言を浴びせ始める。そんなことを繰り返すばかりで、ろくな状況説明も出来ぬまま、会議は既に三十分も経とうとしていた。

流石に堪らなくなって、完全に委縮していた千世が口を開く。

「…み、みつこさんは悪くありません!だって…。」

庇おうとしたその発言に、すかさず豊田は食って入った。

「黙っていろ!今俺はコイツに話を聞いているんだ。そもそもお前だって迷惑かけてんだ…、わかるだろ?なあ?」

さしもの千世も今回ばかりは反発できなかった。過剰な自信から軽率な発言をし、実習を強行させた一因だったからだ。火に油を注いだのだろうか、豊田の嫌味は一層悪質になっていった。

「はぁ~、やっぱ学生さんっつーのは甘いねぇ。気張ってるのはいいけどさ、ちゃんと責任もってやってくれないと…。」

どんな人でも、学生が皆一様にそうではないと言う反論を思い浮かべられる隙だらけの発言は、最早、挑発だった。しかし、状況を冷静に鑑みて光子はそれを言わずに飲み込む。

「すみません…。」

少しの沈黙をおいて、光子はこの日何度目かの言葉を口にした。豊田はわざとらしい呆れ顔をした後、また険しい表情に戻って、光子が彼の叱責に身構えようとしたその時。

突然、ガタンと音が鳴った。

皆の視線が向いた先には、明らかに居眠りをしていただろうスタッフが、なんとか誤魔化そうと慌てて背筋を張っていた。その、間の抜けた様子が生むおかしな沈黙は会議室の過ぎた緊張を少しだけ緩めた。そして、笑いをこらえる別のスタッフが、また別のスタッフと目配せをし始めた頃には、豊田も怒鳴るに怒鳴れない空気となる。

「発生状況…、については、取り敢えず説明終了ということで。」

進行の飯山はここぞとばかりに、わざとらしく時計に目を配って言った。結局、状況説明は殆どされなかったが、それは資料に書いてあることで十分だった。


光子と千世が席に着き、飯山が会議を再開させようと室内を見回すと、彼女の目には居眠りをしていた者以外に、見ていられないという様子で顔を伏せている者、頬杖をついてぼうっと外を見ている者、会議資料に落書きをしている者等が映った。

彼女は心内で一つため息をついて、会議の進行を続けた。

「発生状況の整理が済んだことですし、次に対策を考えていきましょう。こういう時は他人事では済まさないことに意味があります。」

語気を強めて言うも、特に態度の改まる者はいなかった。飯山は思わず利用者を預かる施設に勤める者としての自覚や矜恃と言ったものを説き始めそうになったが、豊田が目に入って我に返った。

「では、取り敢えず中井さん。今回の件で再発防止に必要なことはなんでしょう?」

飯山は居眠りをしていたスタッフに問うた。

「あ、はい。えっと…そうですね。職務放棄ともありましたように、目を離すということはルール違反です。…ルールがあるのには理由があって、…まあ今回の様なことが起きるというのはそれが伝わってなかったからだと思います。なので…教育段階で確りと目を離さない理由を伝える必要があると思いました。」

中井は所々言葉を探す間を挟みながら、かろうじて飯山の質問に答えた。

「はぁ、居眠りしてた割にはまとまってますね。つまり、ルール教育の徹底…と。次は…西さんね。」

飯山は不満そうに次のスタッフを当てた。西は豊田の叱責を見ていられなくて伏せていたスタッフだ。

「…私も、その…、ルールの意味を理解して、うーん。ミスしないよう頑張ろうと…思いました。」

西のとんちんかんな返答に、飯山は呆れ返った。

「それはただの感想よね?正直、ルール教育の徹底だって意見であって策じゃないの。だってルール自体はわかってたでしょ?光子さんも。」

「はい、それは知っていました…。」

光子は飯山の問いかけに即答した。飯山は豊田に警戒し目を配りながら答えを受けとった。そして飯山は豊田が何かを言う前にと言葉を整理して再び西に問うた。

「つまりね、もっと根本的な策はないのか?ってことなの。という事で西さんもう一回ね。」

西は不満そうに中井の方をちらりと見やったが、飯山はそれを無視して西を見つめた。困っているのか考えているのかわからない様子の西だったが、ややあって飯山に向き直った。

「あの…公園、変えてみるって言うのはどうですか?」

西の突拍子もない提案に、他のスタッフは目を伏せた。豊田に笑っているところを見られたくなかったのだろう。しかし、気まずい沈黙の後、西を待っていたのは意外な反応だった。

「いいアイデアね…。確か、あの公園は駅から近いと言う理由で選ばれたのだけど、それは色々な人に好条件ってことで、結構利用者が多いの。その利便性から介護施設も多くて、光子ちゃんを連れてったおばあちゃん。千世ちゃんを怖がらせたおじさんといった、今回起きたトラブルの原因に対して理にかなった対策なんじゃないかしら。」

飯山は強く頷きながら西の意見を議事録に打ち込んでいった。

「残りのスタッフもこんな感じで、具体的かつ実効力を説明できそうな対策をお願いできるかしら。」

飯山はそういってパソコンから目を離すと坂本の方を見た。坂本は考えている様子を見せたが、いい案が浮かばないのか、或いは素振りだけしてやり過ごそうとしているのか、そのまま黙り込んでしまった。

言葉を失った会議室には時計の音が静かに響き始め、そのうちに何名かのスタッフがいつの間にか法定時間外になっていることに気づいた。明らかに集中力を欠いたスタッフも何名か出始め会議をこれ以上続けてもいいアイデアは出そうになかった。インターン生を帰さなければならないこともあってか、次に口を開いたのは豊田だった。

「西さんからいい案も出たし、もういいんじゃないか?」

それを聞いた坂本が脱力するのを脇目に見つつ、飯山は眉をひそめた。お開きムードが場に広がり始め、筆記具を片付け始めるスタッフも現れる中、飯山は静かに深呼吸し立ち上がった。

「良いわけないじゃないですか…。」

その一言は、会議室の空気を一瞬で張り詰めさせた。あからさまに怒りを含んでいたからだ。

「恥ずかしくないんですか?インターンシップの学生を、スタッフも行きたがらない人が居る実習にたった一人で行かせて、重大ヒヤリを…。」

飯山が間を置き、豊田の方を向いた。

「起こさせたんですよ?」

その言葉が冷房の効いた部屋に響くと、ただでさえ重たかった空気は、より一層緊張したものになっていった。

「なんだ飯山、私が悪いとでも言うのか?…勘弁してもらいたいね。確かに私が担当の実習ではあったが…私が付き添えなくなるにあたって下柳君に伝えた考えは、中止で間違いないのだから。なあ?」

豊田は光子の方を向き確認を取った。光子もこれに首肯した。飯山は既に憤懣やるかたないといった様子だが、それでも努めて冷静な口調で返し始める。

「責任、に関しては豊田さん、それだけで免れるには余りに酷いと思いますよ?…仮に他のスタッフが豊田さんと同じ事をしたら、貴方はスタッフの責任を追求しますよね?いや、しないとは言わせません!」

語気を強める飯山。豊田が応じようとするのを食って言葉を続ける。

「ただ!私も、忙しいことを言い訳に彼女を止めきれませんでした。だから確かに、豊田さんを責める筋合いは無いのかもしれません。その点に関して何か罰があればどうぞ、好きにしてください。でも!」

飯山の言葉は段々と早口になっていき息は荒くなった。それは彼女が強く憤って居ることを如実に表していて、荒れた呼吸のまま、彼女は更に捲し立てていった。

「何よりもおかしいのはこの会議ですよ!ただただ当事者を責め、雰囲気に気圧され、トラブルの本質を見逃す。抜本的な改善提案がたまたま一つ出たくらいでおしまい…そうじゃないでしょ!」

机を強く叩くと、会議室の空気は飯山に支配された。

「このようなトラブルを二度と起こさないためには…、予め二人以上のスタッフを用意しておく。こんな当たり前の解決策が…なんで出てこないんですか…。どうしてスタッフが着いていかなかったことを、対策会議で蔑ろにできるんですか…。」

飯山はひとしきり主張をし終え、糸が切れたように席に着いた。その様子に反して、会議室は異様な緊張につつまれていた。重苦しい沈黙、ただならない空気の中で発言できたのは、結局豊田だけだった。

「まあ…、言いたいことは分かった。それが、間違いじゃないことも。私の非も…認めよう。」

その反応が怒号ではなかったことで、身構えていたスタッフは脱力した。豊田は飯山の様子を確かめながら言葉を続ける。

「実習申請書類の改善、急遽変更する場合の煩雑な手続きについても見直していくことにする。君の言う通り、スタッフを二人以上用意すべきだろうな。…さて、もう日が暮れてる。悪いがまとめさせてもらうぞ…。」

そう言って、豊田は起立した。

「今回のことは利用者の強い要望にインターン生が応えて起きた施設内トラブルとして処理する。だから鷹村は後で私の部屋に来るように、顛末書を書いてもらうからな。それと、スタッフの付き添いなしで実習を執り行った下柳は一週間、利用者との接近禁止だ。」

「あと、それを止めなかった飯山だが…改善提案が非常に良く過失の程度も低い。それに下柳は他のスタッフにも声をかけている。何も罰は下さん。ただ、後学のために現場を離れろ。資料修正の見直しにも必要だからな。」

飯山は豊田を見て首肯した。

「…それと一応、屋外歩行実習自体は執り行われたから利用者家族にはそのように説明する。これを機にスタッフは気を引き締め、利用者との付き合い方を考えるように、以上だ。」

この発言に飯山は一瞬体をぴくりとさせるが、豊田が速やかに退出したため、会議は強制的に終了となった。その場に残されたスタッフも次々と席を立つ、会議室には光子と千世、そして飯山だけが残され、議事録を打ち込むタイプ音だけが静かに響き始めていた。

暫く静寂が続いていたが、これまでより大きなタイプ音が響くと、飯山が大きな溜息を吐き静寂を破った。

「ああ、疲れた。…光子ちゃん、千世ちゃん、落ち込むのも分かるけど。会議室は空けましょう?」

「はい。」

光子は応えを返しつつ、千世の手を強く握った。その意を解した千世。こくりと頷くと、二人はゆっくりと立ち上がった。

「とりあえず、千世ちゃんの部屋に行きましょっか?顛末書は…、まあ早くなきゃダメなら、どうせあの人放送で呼ぶだろうし。」

「はい。」

光子の返事を聞くやいなや、飯山は二人の様子を見ながら会議室を段取りよく片付けていった。そして、二人の少し後に会議室を出ると、さっと室内を確認して施錠した。


廊下を暫く歩くと、暗さも助長してのことか、三人の間には重たい空気が広がっていた。足音の残響が虚しい。この居た堪れない状況を慮ったのは、否、この状況で沈黙を破ることが出来たのは、飯山一人だけだった。

「大丈夫よ、光子ちゃんだけが悪いなんてこと絶対にないんだから…。」

「…いえ、結局私が…。」

「あーあ、やっぱり豊田さんもやるわねぇ!自分が帯同できなかったこと隠して施設内のトラブルで処理だなんて、しかも実習は実施済で報告だなんて…、謀られたのよ。最悪の場合でもこうなることを見越して、あの人は曖昧な指示をしたの。」

飯山はそう言って、光子の右肩を左手で揉んだ。その瞬間、ふと朝の光景がフラッシュバックする。手に感じた震え、飯山は自らの判断を悔いた。

「こんなに緊張して…ごめんね。あの時中止の手続き断っちゃって…。」

「飯山さん…ありがとうございます。」

「ふふっ、別にいいって、…実際、こっちが申し訳ないくらいなんだから。私が止めなかったこと含め、施設側の過失なんていくらでもあるわけだし。…真面目なのは分かるけど、入った組織にただただ従順なのは感心できないぞ。」

「そうだよ…みつこさんは悪くないよ…。」

追うようにして、千世が固く閉ざしていた口を開いた。自戒の篭った口調に、光子と飯山は反省の色を感じ取った。ただ、行き過ぎた自責の念に押し潰されて、塞ぎ込んでしまったら彼女にとって元の木阿弥だ。千世の思いを汲み取りつつ、光子は励ましの言葉を探した。

「…ありがとう。でも、大丈夫だから。」

そう言って光子は千世と正対出来るよう右肩を導き、両手でその両手を包んだ。

「…今日、この日までの困難を乗り越えた千世ちゃんと、私なら大丈夫…だから。」

これを聞くと、千世は込み上げるものがあったのか、今にも泣き出しそうになった。その姿に何か愛おしさを感じたのだろうか、光子は思わず千世を抱きしめて、頭を撫でる。

「ごめんなさい…、ごめんなさい!」

「よしよし、いい子いい子。」

光子が優しく声をかけると千世はその腕の中で泣きだしてしまった。長い間、触れられることのなかったぬくもりの中で、ただただ泣いたのだった。

「あらあら。」

飯山はそれを少し歩いた先から見てほほ笑んだ。そして、彼女が窓の外に目を向けると、いつの間にか雨は上がっており、雲の切れ間からは、まだ登り始めの月が覗いていた。


長い一日を終え、光子は漸く家へと辿り着いた。もっとも長いというのは体感の話で、アルバイトの繁忙期よりは早い帰宅時間だ。こういう日は早く寝てしまおうと考えていた光子は手際よく夕食を済ませて、お風呂、歯磨きと寝支度を進める。お気に入りの小説が目に入ったが、今は読むのを我慢してベッドに潜り込んだ。

目を閉じて、眠りに落ちようかという時、アラームをかけて耳元に置いていた携帯電話が唸り出した。光子は間の悪い電話に少々苛立ちながらも、半目開きで応答ボタンを押して出た。

「んぁ、もしもし…下柳ですけど…。」

「あははっ、何その声!」

光子はその声を聞いて、数秒前の自分を心の中で叱った。声の主は春斗だからだ。

「ごめんなさい。今日はもう寝ようと思ってて…。」

「そうなの?なら、こっちこそごめん。…起こしちゃったかな?」

「ううん、全然大丈夫です。…えっと、いつもの世間話?」

デートから二ヶ月弱、数日に一度、光子と春斗は電話で話している。その殆どは他愛もないことなのだが、そうして過ごすのは二人にとって、とても充実した時間となっていた。

「まあ、それもあるけど…むらなかさんが連絡くれてさ。大変だったらしいから、励ましてあげてって…。お疲れ様。」

「村中さんが?」

「うん、出張から帰ったらとよださんの怒鳴り声が聞こえたらしくてね。会議後に話を聞いたんだって。それで光子さんを励まさないと、って思ったらしいよ。」

春斗は笑いながら話していた。

「あの人は意外とよく見てるから、僕に頼んできたんだと思う。…ま、それはさておき、屋外歩行演習お疲れ様。トラブルの件も良い経験になったんじゃないかな。うん。」

「良い経験…だと思いたいんですけど、良い経験ですかね?豊田さんにはひたすらに罵詈雑言浴びさせられて、飯山さんには豊田さんの謀だって言われて、正直…納得出来ないことも多いです。」

「まあ、とよださんはねえ…。」

暫く考えて、春斗は続けた。

「…しかし、謀か…確かに有り得ない話でもないなあ。あの人、自分に降りかかることだけを何とかするのは得意だし、聞いた感じは、そんな気もしなくはないね。」

「うーん、…思えば朝の打ち合わせからおかしかった気もしてきた…。なんか腹が立ってきたかも。」

「ふふっ。でも一応…ちよちゃんの迷子は、みつこさんにも原因はあるから。しょうがないよ。…それにみつこさんは真面目で良い人だからこそ、こういう経験も増えていくんじゃないかな。」

「良い人だなんてそんな、都合のいい人、ですよ…。納得いくかって言われても…思い出したら凹んじゃいます。」

「嫌になっちゃった?施設での仕事。」

春斗の質問に、今日一日を振り返る光子。トラブルを起こし、対策会議で叱責され、嫌な一日だったはずなのだが、とあることを思い出すと、ふと笑いが零れる。

「ん?なんかおかしかった?」

「いや、会議が終わって廊下でのことなんだけどね。」

「うん。」

「千世ちゃんが凄く落ち込んでて、私なんとか励まさなきゃって思ったの。…それで言葉をかけるうちに泣きそうになったから、抱きしめて安心させてあげたのよ。ほら、泣きたい時は泣いた方がいいって言うじゃない?…それで、暫く落ち着くまで待ってたんだけど。」

「うん。」

「その時お母さんって言ったの…。彼女の境遇を察すると何も言えなかったなぁ…、まあここまでならいい話なんだけど…。」

しんみりした話に春斗は静かに相槌をうった。

「何故か飯山さんには面白かったらしくて、千世ちゃんの部屋に着いた後、すっごく弄られたの!からかうように光子ママ~って、私も千世ちゃんも恥ずかしくなって、わーきゃーやったら色々と吹っ飛んじゃったかな。」

「あははっ、それで笑ってたんだ。…なんか無用な心配だったみたいだね。…寧ろ寝てた方が良かったかな?」

「そんなことないですよ!やっぱり一人暮らしだと寂しいですし、助かりました。真っ暗な部屋に帰ると気も落ちますし!」

「…うん。そうだね。」

その後は他愛のない話をして、二人は盛り上がった。光子が窓の外を見ると満月が空高く登っていることに気づく。

「あ、もう夜も更けてますね。そろそろ寝ませんか?」

「うん…。…それじゃあお疲れ様。」

「おやすみなさい。態々お電話ありがとうございました。」

「いえいえ、どういたしまして。おやすみなさい。」

そう言って電話を切った光子、仰向けになって大きく息を吐くと、全身から力が抜け、心地よく眠気ざす。おやすみなさい、彼女はそう心の中で呟くと穏やかに眠りへ落ちていった。

こうして、光子の長い一日は終わった。この瞬間だけ切り取れば、いつもと何ら変わらない一日。だが、普段よりもずっと厳しい一日だった。そう思うと世界は爪弾かれたギターの弦が、いずれ無音に戻るように、何事も無かった状態へと還るのだと感じさせられた。それはおそらく、有難いことなのだろう。そのお陰で、人は苦しみを忘れることが出来るのだから。光子が今日味わった挑戦と失敗も、繰り返される日々の中で精練され、いつか、宝物へと変わっていくに違いない。

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