新たなる日常①★
-翌日。俺は今までのどこか満たされない日々とおさらばした事もあって、とても良い気分で目を覚ました。そして、いつもは後回しにするゴミ出しも今日は軽く身だしなみを整えた後にてきぱきと準備し、足取り軽く部屋を出た。
「-あ、おはようございます」
そして、出入り口を出てゴミ捨て場に向かう途中、マンション前を掃除する中年の管理人さんに出くわしたので挨拶をする。
「…ん?ああ、おはよう江口君。…おや、珍しい言葉も有るものだ。
まさか、早朝に君がゴミ出しをしているとはね」
掃除の手を一旦止めた管理人さんは、物珍しい目をしてこちらを見た。
「…まあ。今日から『心機一転』して頑張ろうと思いまして」
「…まずは、生活習慣から変えていこう…という訳だ。感心感心」
ぼかした感じで説明すると、管理人さんはニコニコしながら称賛した。…そんな、爽やかな朝の一時がこのまま流れていくと思われた、その時-。
『-ああ、もう何で捨てるんだよっ!』
『知らないって言ってるでしょっ!?ていうか、ちゃんと整理してないからそういう事になるんだよ!これに懲りたら、ちゃんとー』
一階から良い荒らそう声が聞こえて来た。…はあ、またあの二人か。
「…やれやれ、また田中夫妻か。理由は例によって旦那さんの私物が見つからないのが原因だろう」
俺と管理人さんは揃って103号室の窓を見ながらうんざりした。その部屋には、若い夫婦が入居しているのだか、たまにああやって朝から口喧嘩をするのだ。…その内容はいつも、片付けられない旦那さんが奥さんに責任転嫁をする…といった流れだ。…はあ、せっかく『新しい日常』が始まったのに台無し-。
ブルーになり掛けた俺の頭に、『素敵なプラン』が浮かんだ。…そうだ。『新しい日常』が始まるんだから、近隣の環境も『新しく』しておこう。
「…やれやれ。このままだとまた苦情が出るな」
そう決心していると、管理人さんは清掃を止めて喧嘩の仲裁に行こうとしていた。
「(…あ、ちょうど良いな。)頑張って下さい~」
その言葉に俺は内心ほくそ笑み、一見すると送り出すように小さく『手をふった』。
「ああ、任せ-」
振り返った彼は、突如その足を止めた。…俺の背後を浮遊するステルス機能を搭載した『宇宙製ドローン』の不可視の催眠光線をまともに受けたからだ。…いや、便利だな。
実は昨日、イリアから渡されていたのだが…。まさか直ぐに実戦投入する事になるとはな。
俺は笑いを隠す事なく、イリアから教わったもう一つのハンドサインをガジェット送った。
すると、手のひらの上にどこからともなくチョーカーが現れた。俺はそれを素早く、彼に装着させる。直後、チョーカーは全く見えなくなった。
「ー…動作確認開始。…ラグ無し。
おはようございます。マスター」
そして数秒後、まるで機械のように動作した彼は俺にお辞儀をした。
「(早いな。)ああ、おはよう。
さて、早速で悪いがあの部屋の住人を『リモート化』してくれ」
「畏まりました」
彼はお辞儀をした後、速やかにミッションを開始した。俺はそれを見送りつつ、さっさとゴミを捨てて『楽しみしながら』足早にマンションに戻った。
「ーすみません。少し良いですか?」
…お。ちょうど良いな。
そして、出入り口から直ぐの階段を昇り始めた時、ちょうど彼が103号室のインターフォンを鳴らしていた。
…正直行程を見たかったが、俺は我慢しながら階段を昇り自分の部屋に向かった。その途中、ふと俺の方にガジェットが触れた。…やったか。
その動作で、二人が仲良く『リモート化』した事を察した俺は早足で部屋に戻り、ダイニングテーブルの上に置かれたタブレット…に似せられた俺専用の『通信ツール』の一つを起動した。
すると、インストールされたトークアプリが画面に表示され直ぐにコメントが書き込まれる。
『-リモート化、成功しました。この後は、どうすれば良いでしょうか?』
…そうだな。…あ。『イイコト』思い付いちゃった~。
衝動的な行動だったのて、後の事は何も考えていなかった…が、瞬時に『タノシイコト』を思い付く。
『ありがとう。…では、新たな同志を君の部屋に連れて行き、二人で-朝食でも食べながら-待機していてくれ』
『畏まりました』
…さて、行くか。
通信を終えた俺はとある物を持って再び部屋を出て、103号室に向かった。
『ーあ、どうぞお入り下さい』
そして部屋の前に立ちインターフォンを鳴らすと、彼女は入室を許諾してくれたので遠慮なくドアを開けた。
「初めまして、マスターダイスケ」
すると、茶髪を後ろで纏めラフな格好の上にエプロンを身に付けた可愛い女性が微笑みを浮かべながら出迎えてくれた。…怖いくらいの変わりようだ。
「ああ。…はい、これ持って」
俺は鳥肌が立つのを感じながら、サンダルを脱ぎ廊下に上がる。そして、部屋から持ってきた物を彼女に差し出した。
「畏まりました。…では、どうぞこちらに」
彼女は嫌な顔を一つせずにそれを受け取り『収納』し、俺をダイニングに案内した。
「…ふうん。綺麗にしてるな?」
「恐縮です。…どうぞ」
そして、ダイニングに着くと彼女は椅子を引いた。
「ありがとう。…さて、それじゃ一緒に朝食を食べるとしようか?」
「畏まりました。少々お待ち下さい」
突然の指示にも関わらず、彼女はお辞儀をした後手早い動作で朝食を盛り付け、それらを丁寧な動作で食卓に並べていった。
「ーお待たせ致しました」
「では…」
「「いただきます」」
対面に彼女が座ったので、俺は一度合図を送る。そして、二人揃って食前の挨拶をした。
「…っ。なかなか旨いな」
「光栄です」
まず味噌汁を一口飲む。…その味は、見た目と年齢からは想像出来ない素朴でほっとする味だった。これは、花嫁修業をしっかりと積んでいるな。
-その後も、上質な品々に驚きつつ朝食を終えた。…いやはや、外見で人を判断するのは良くないと身に染みたな。
「…お口に合ったようで何よりです」
「ああ、今までで最高の朝食だ。
…さて、そろそろ本題に入るとしよう」
「はい。…それで私は何をしたらいいですかか?」
その言葉に彼女は僅かに緊張した。
「なに、ちょっと『マニュアルリモート』について聞きたい事があるんだ」
「……、分かりました。何なりとご質問下さい」
だから俺は緊張を解いてもらう為、軽い感じで切り出す。すると、彼女は少しホッとしたようだ。
「まず、『リモート』の一時的なレベルダウン…要は一時的に弱める事は可能かな?」
「可能です」
「…そうか。じゃあ、表情筋等の細かい部分のレベルダウンは可能かな?」
「可能です。…もしかして、この体で何か『タノシイコト』をなさるおつもりですか?」
ふと、彼女は興味津々な表情で確認してきた。
「…アンリの入れ知恵か?」
「はい。アンリ様は常々『彼の言葉に従っていれば貴重で-タノシイ-経験が出来る』と仰っていました」
「(…完璧な下準備だな。)…なら、質問はここまでだ。今から、その貴重で『タノシイ』経験をさせてやる。
…あ、もし今から出す命令が実行出来ない時は必ず言ってくれよ?」
「…っ。畏まりました」
前もって気遣いの言葉を掛けると、彼女はあからさまに驚きやや感動しながら頷いた。
「…そうだな。まずは、『誤認』から始めよう。
-今君の目の前に居るのは、『旦那』です」
ふと、更に『タノシク』する為『それっぽい口調』で彼女に語り掛けた。
「…認識変更を受諾。…変更完了。…あ、申し訳ありません。つい『いつもの感じ』で応えてしまいました…」
すると彼女は、業務的な口調で応えた後申し訳なさそうに謝った。
「なに、初めて事だろうから失敗しても仕方ないさ。大事なのは、『同じ失敗を繰り返さない事』と『似たような失敗を同胞にさせない事』だ」
「…っ!はいっ!」
彼女はハッとし、強く頷いた。同時に、その瞳からは俺への尊敬が伝わってきた。
「…じゃあ、仕切り直そう」
「は……。……はい」
彼女は返事を仕掛けて、不意に言葉を切り急にぼんやりとし始めた。おそらく、『レベルダウン』を行ったのだろう。…うん。やっぱり恐ろしく優秀だー。
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