邂逅③

「ーどうぞ、お掛け下さい」

 部屋のリビングに入ると、姉は一人用のソファーを丁寧に指したので俺はそっと腰掛けた。

 すると、姉は断りを入れて一旦自室に入りノートパソコンを持って出てきた。そして、それをテーブルの上に置き話し掛ける。

「キャプテン。ゲストがお見えになりました」

 その画面には、艶やかな長い髪に色白の肌、そして大変立派な『たわわなモノ』を持つボディラインがはっきりと分かる服を着た女性が映った。その彼女は、途端に申し訳ない表情になる。

『ありがとう。…済まないね。私がうっかりしていたせいで君たちに多大な心労を掛けたようだ。よって、謝罪の意味-最初の権利-を君たちに譲渡しよう』


「……分かりました。

 それでは、私は隣に控えていますのでごゆっくりと」

『ああ』

 姉は一礼し、自室に消えていった。…なにがなんだか。

 訳が分からず混乱しかけていると、彼女は再度申し訳ない表情をした。

『…さて、まずは貴方に不安を抱かせしまった事を謝らせて下さい。まさか、-こんなにも早く-なるとは思っていなかったのですから』

「…どういう事だ?」

『…まずは、とりあえず-これ-を見て下さい』

 彼女がそう言うと、画面に別のウィンドウが表示された。そこには、『半分に欠けた』コインのような形の深紅の宝石-。


 -っ!?…これは、いや、まさかそんな……。

 その瞬間、俺は無意識にポケットから財布を取り出し小銭入れを開ける。…すると、、画面に映るモノの片割れを見つけた。

「…なんで、アンタが片割れを持っているんだ?」

 すると、彼女は不意に瞳に涙を浮かべながら微笑んだ。

「…だって、それは私が貴方に差し上げた『印』なのですから」

「…何、言っているんだ?これは、地元-」

 そう言い掛け、ふと口をつぐんだ。何故なら、頭の中でその時の光景がまるで霧散するように消えていったからだ。…まさか、これって?


『重ねて謝罪します。…私は、法令とはいえ-命の恩人-である貴方の記憶を改竄しました。どうか、御許しください』

 彼女は深く頭を下げた。…マジかよ……って、命の恩人?

 立て続けに聞く衝撃のワードに、そろそろ混乱して来そうだった。そんな俺の様子に気付いた彼女は、片割れのコインの画像を画面の中心に移動した。

『…貴方の持つコインを、画面のコインに合わせて下さい。そうすれば、本当の記憶を取り戻す事が出来ます』

 …何でもアリだな。……しかし、どうする?

 俺は考える。…もしかしたら、『何かとんでもない事が始まってしまうのではないか』と。しかし、そこでふとある事にも気付く。

 …今この瞬間、異性と問題なく会話出来ている事に。…最初は、得体の知れない恐ろしさと混乱が勝っているからだと思った。でも、さっき彼女が見せた感極まった表情…。…間違いなく、俺はこの女性に逢っている。

 -こんなにも、『-…な女性』と。


 その瞬間、心の奥からふつふつととある衝動が沸き上がって来た。…それは、頭を過る『忌避の予想』を容易く塗り潰していった。

 だから俺は、彼女の言う通りコインの片割れを画面の片割れに合わせた。

 その瞬間、コインは瞬きそして綺麗さっぱり消え去った。…そして、同時に俺は『忘れるのが勿体ない最高の経験』を思い出すのだった-。



 ○



 -7年前・某県山中



 -あれは、まだ俺が地元の高校に通っていた頃の、春っ盛りな日に起きた事だ。…その日の午後、俺どうしようもなくブルーな気持ちで学校から帰宅していた。

 …何故かというと、いつか告白しようとしていた割と可愛く良い家の生まれの同級生が、実は都会に婚約者がいるのを今日偶然知ってしまったからだ。

 -…なんか、そう考えると今も昔もあんまり変わら……いや、昔は異性にそんなに緊張してなかったんだな。…話を戻そう。


 だから、気を紛らわす為にまっすぐ家には帰らず…というかその日は両親の帰りが遅かったので、親戚のおじさんが所長を勤める観光案内所に向かっていた。…その道中、地元ではあまり見掛けないワゴンが何台か俺を追い抜いていった。

 …それを見た時、なにやら嫌な予感がした。そして案内所に到着すると、予感は的中した。

 とりあえず、顔馴染みのガイドに聞くと朝方山に入った女性の登山者が未だに降りてこないようなのだ。…ちなみに、山全体はかなり広くその為ルートもザイルロープ(登山用の丈夫なロープ)で確保しているので遭難者は今までいなかったのだが…。まあ、だからこそ案内所はこんなに慌ただしいのだろう。

 だから俺は、邪魔にならないよう隅っこで大人しくしていた。…しかし、不意に事務の人に『所長が呼んでいる』と言われた。

 そして、言われた通りおじさんの元に行くと案の定、地元の消防団の手伝いを頼まれた。

 …どのみち、気を紛らわしたかったので快諾し、諸事情で置きっぱなししてある自前の山登りルックに着替え消防団の人と共に登山道に入って行った。


 -それから二時間後。未だに女性は発見出来なかった。…何故か、迷い込んだポイントが割り出せなかったからだ。すなわち、どこのザイルロープにも痕跡がなかったのだ。

 その状況に、俺は当然としてペアを組んだ消防団の人も焦り始めた……その時だった。

 定時連絡の為消防団の人が無線を使うと、先程までクリアだった音声がノイズだらけになってしまったのだ。そのせいで俺は不安もプラスされてしまったが、消防団の人はやけに冷静だった。…いや、冷静というより心ここに有らずな虚無の表情だった。

 それを見た瞬間、気付けば来た道をダッシュで戻り始めていた。だが、少しして『全く進んでいない』事に気付いた。…その直後だった。

 ふと、何処から助けを呼ぶ声が聞こえたのだ。最初は恐怖のあまり幻聴が聞こえたのかと思ったが、耳に意識を集中すると横の崖下からか細い女性の声が聞こえた。


 …その時も、何故か確信に近い予想が頭に浮かぶが一旦それを無視し、装備が入ったリュックからザイルロープと金具を取り出し降りる準備を整え崖下にゆっくりと降りた。すると、すぐ近くに登山ルックの女性が大木に寄り掛かっていた。

 -その女性は、なんというかとにかく綺麗だった。艶のある肩まで黒髪に、儚げな容姿。上はウェアに包まれているものの、服の中からは当時から立派だった『果実』が押し上げ、下は滑落した時に破けたのかズボンの所々から生足がチラ見していた。…その姿に、俺は一度生唾を飲んだがすぐに興奮は消えさった。

 何故なら、丈夫な登山ズボンが破けているのにその足は怪我どころか擦りむいてさえいなかったのだ。

 そんな俺の様子に気付いていないのか、女性は儚げな顔に希望の感情を乗せて『肩を貸してくるないか』と話し掛けて来た。その言葉で、俺は『確信』した。彼女は、得体の知れない何かだと。

 …なのに、俺は『悪いけど、正体となに考えているかが分からない人に貸す肩はない』と命知らずな言葉を口にした。…すると、彼女はキョトンとし直後にゆっくりと立ち上がった。


 しかし、俺は逃げようとは思わなかった。…まあ、逃げれないと直感で分かっていたのもあるが、なによりその儚げな顔を見ると若干生気がなかった事に気付いていたからだ。つまりは、遭難者というのは紛れもない事実ということだ。

 だから俺は、その場にしゃがみリュックから栄養価の高い食べ物がいくつか入った透明な袋を取り出し彼女に近いた。すると、彼女はまたしてもキョトンとし『…貴方の方が、何を考えているのか分かりません』と呆れた様子で言った。


 その言葉に、俺は気安い口調で『だって、あんた遭難者だろ?だから、助けるのは当然だ』と返す。…そんな口調になったのは多分、『マイナスの意味ではない人に知らたくないなにか』があり『今まで人に助けてもらった事がないと』と直感で分かったからかも知れない。

 すると彼女は、やはりというかあからさまに驚き言葉を失った。…そして、しばらくして袋に手を伸ばしそっと取った。

 それを見て、『じゃあ、しばらく俺はそこで目を閉じて座っているから』と離れた場所を指差しつつ言い、彼女に背を向けて歩き出した…次の瞬間。

 袋が落ちる音がしたと思ったら、彼女は後ろから抱き付いて来たのだ。…まあ、そもそも気を紛らわす為に来ていたので俺は当然振り返った。…直後、彼女の柔らかい唇が俺の唇に重ねられた。そして、間髪入れずに激しいディープキスが彼女から放たれた。


 …その攻撃は、容易く俺を思考停止に陥らせしばらく彼女のされるがままだった。そして、数分後彼女はようやく唇を離した。その際、透明な唾液の糸が互いの舌を繋ぐように出来た。

 俺は、ただ呆然と立ち尽くしていた。そんな俺の手を彼女はそっと掴みまるでゆっくりと引っ張る。…と、同時に彼女は反対の手を正面に向けた。すると、突如小さなテントが姿を現した。

 そして、彼女はその中へと俺を導くのだった。…その儚げな顔に歓喜の表情を浮かべながら-。





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