邂逅②
-都内パーティー会場
『-それでは宴もたけなわですが、そろそろ懇親会を終了したいと思います』
…よし、そろそろスタンバイしよう。
アナウンスが入ったので、俺は一足早く会場を出て外に向かった。…その時。
「江口さん」
「あ、長瀬さん。…お先にどうぞ」
同じドアから出ようとした彼女と会ったので、ドアを開け先に長瀬さんを行かせて後から出た。
「ありがとう。…じゃ『行こうか』」
…本当、仕事中で良かった。じゃなきゃ確実にこの状況に咽び泣いていたことだろう。
そう。なんと幸運な事に彼女と組む事になったのだ。これが、喜ばずにいられようか。
そして二人揃って建物を出て、先に出ていたメンバーの元に向かった。
「お疲れ様、長瀬君に江口君」
すると、一人の白いスーツを着た上品な顔立ちの女性が声を掛けて来た。
「あ、白鳥部長。お疲れ様です」
「お疲れ様です」
「うん。…お、もうすぐ始められそうだね。感心感心」
ゆっくり頷きつつ、チラリと建物を見た彼女気品ある微笑みを浮かべた。…そこそこ薄暗いのに良く見えるよな。
「-集まったようだな」
そんな事を考えながらメンバーが揃うのを待ち、やがて最後に柳田常務が来た。
「…では、ミーティング通りまずは新人男子と近場に住む新人女子の誘導からだ。その次に離れた場所に住む新人女子を個別で送っていく。…では、各自持ち場へ」
『了解です』
メンバーは頷き、会場から駅までのルートに移動し始めた。ちなみに、長瀬さんと俺は彼女の運転する会社の車で新人の娘を送る関係で会場に近い所の配置だ。
-…おっと。
位置に着いた直後、仕事用のスマホが震えたのでポケットから取り出し来たLINEに『配置完了』と返信する。それから数分もしない内に、ぞろぞろと新入社員達が会場の方から来た。
「-最寄り駅はこっちです!」
俺は片手を挙げ、彼らに声を掛けた。
『…あ。ありがとうございます!』
『お、お疲れ様です!』
すると、彼らは軽いお辞儀と礼を述べ通過していく。…さすがは、ウチに採用されただけあって礼儀正しい新人ばかりだ。
その後も、新人達を誘導していき最後のグループが通過した後、グループLINEにて通過の報告と移動する旨を全員に伝え、会場に戻った。
そして、会場に戻ると担当する新人を探し始めた。
「(…えっと、確か-)…あ、槙村さんですね?」
事前に写真(社員証用のコピー)と名前を確認していたので、すぐに当人を見つけた。
「-えっ?は、はい槙村です。…あ、もしかして貴方が?」
すると、同僚となる人達と話していた彼女はこちらを向いた。…うわ、なんか小動物っぽい娘だな。なんか、この娘はいろんな意味で『大丈夫』だろう。
彼女を見た瞬間、特徴的な身長と童顔が相まってか同性から保護対象になりそうな将来が脳裏に浮かんだ。
「…はい。広報部の江口です。それでは、いきましょうか?」
「はい、宜しくお願いします。…それじゃ、明後日から宜しくね」
『はい』
『さようなら』
…もう友人が出来たのか。なかなかのコミュ力だな。
帰り際、フランクな様子で他の女子に挨拶をする彼女を見て軽く驚いた。これは、部署を越えて人気者になるかも知れない。
そして、彼女を連れて駐車場に向かい長瀬さんの車を探す。
「…そういえば、もう一人の方ってどういう人ですか?」
その最中、ふと彼女が他愛のない事を聞いてきた。…コミュ力お化けだな。
再びの驚きと若干の嬉しさを感じながら、目線を一旦彼女に向ける。
「…営業部の長瀬さんていう、いつも冷静で礼儀正しい女性の方だ」
「なるほど、クールビューティーって感じの人ですね。…そんな人がいるならやっていけそうかな?」
再度周囲に目を向けると、彼女はぽつりと呟いた。
「(…あ、見っけ。しかし-)…なるほど、槙村さんは営業部に配属ですか」
声を掛ける意味で呟やきに反応し、それからゆっくりと歩き出した。
「…っ。は、はい……」
彼女は少しうつむき、不安そうな表情を浮かべた。
「…営業部の人達は長瀬さん以外も皆優しい人達ですから。それに、それだけのコミュニケーション能力が『置いてきぼり』になる事もないでしょう。
…だから、大丈夫ですよ」
「…ありがとうございます」
彼女は明るい笑顔になり、ペコリと頭を下げた。
「-あ、お疲れ様です。
…えっと、もしかしたら江口さんから聞いているかもしれませんが、一応自己紹介しておきますね。
営業部の長瀬です。これから宜しくお願いしますね」
車の前に着くと、長瀬さんが外で背筋を伸ばして待っていた。そして、改めて自ら名乗りお辞儀をした。
「はい、槙村と申します。こちらこそ指導ご鞭撻の程宜しくお願い致します」
その真面目な挨拶に応じるように、槙村さんもしっかりとした返事をした。
「じゃあ、槙村さんは後ろに。江口さんは助手席に乗ってください」
「はい」
「…分かりました(…落ち着け俺)」
その言葉に、仕事中にも関わらず緊張してしまうがなんとか堪えた。
「…では、出発します」
「宜しくお願いします」
「…お願いします」
槙村さんと俺が乗り込んだのを確認した長瀬さんさんは、車を発車させた。
「-へぇ、出身は都心から結構離れているんですね」
「ええ。長瀬先輩は?」
「私は、割りと近所に実家があります」
その道中、女性二人は会話に花を咲かせていた。…俺はというと-。
「そうなんですか~。江口先輩は?」
「…帰るのにかなりの時間とお金が掛かる田舎だよ」
「へぇ~。私の所と似てますね」
「…いや、聞いた限りまだ君の故郷の方が利便性は良さそうだと思う。こっちは、一家に一台車がないとマジで生活が出来ないレベルだから」
…とまあ、たまに二人から来る質問に答えるのが精一杯で、積極的には参加出来ないでいた。しかし、気付けばいつの間にか槙村さんに結構フランクな口調で話せていた。…部署の後輩女子でも基本こうなるまで半年は掛かるのだが、これも彼女の人柄とコミュ力の為せる技だろう。
だから、割りと今の時間は幸福な一時だ。…ん?
ふと、着信音が聞こえた。…多分、槙村さんのだろう。
「…あ、すみません」
「いいですよ。…一緒に住んでいるお姉さんかしら?」
「多分…。…失礼します-」
彼女は申し訳なさそうに電話に出た。…どうやら、心配性な人のようだ。
俺はそう思いながら、ふとドアの窓から夜空を見上げた……その瞬間。
-っ!?
カメラのフラッシュのような閃光が見えた。……?
「……あら、どうしたの江口さん?」
不思議な現象にぽかんとしていると、隣の長瀬さんが聞いてくる。…その時、何故か俺は得体の知れない不安に駆られた。だから-。
「-いえ、この辺りに来るのは初めてなのでちょっと景色を眺めてました」
咄嗟に俺は、なるべく冷静に誤魔化した。
「…私もこの辺りは来ないです。…まあ、住宅街ですから当然ですね」
……。……?
「……」
あまりしたくない方の緊張をしていると、いつの間にか電話を終えた槙村さんがだんまりしていた。…やべぇ。出来る事なら今すぐ逃げたい。
直感的に、今の長瀬さんの状態に彼女が関わっていると察するが現状どうする事も出来なかった。
…そして、時間は刻々と過ぎて行きついに目的の場所に着いてしまった。
「「……」」
だが、それにも関わらず二人はいつまで経っても何も行動を起こさなかった。…行けるか?
僅かに希望を抱くが、それは直ぐに摘まれる。
『ーもしもーし、ちょっと良いですか?』
…笑顔で助手席の窓を叩く女性が現れたからだ。
「(恐ろしく早いフォロー。俺でなくても見逃しちゃうね。)…えっと、槙村さんのお姉さんですか?」
恐る恐る窓を開け、とりあえず冷静に確認する。…すると、お淑やかな雰囲気の彼女は更に口角を吊り上げた。
「…フフフフ。流石『キャプテン』が気に入るだけの事はありますね~」
……?
「……へ?」
訳が分からずボカンとしていると、何故か後ろの彼女も間抜けな声を出した。
「…ごめんなさい。どうやら、今回貴女にはとんでもない役割を押し付けてしまった事になるわね。文句は、後で私が代わりに伝えておきます。
とりあえず、彼への『説明』が終わるまで別室で休んでいなさい」
すると、急に纏う雰囲気を変えた姉は槙村に目を向け申し訳なさそうにしながら指示を出した。
「…さて、此処で話すのもなんですしそこにある我々の『ホーム』に場所を移したいと思うのですが、宜しいですか?」
再度こちらを見た姉は、まるでゲストをもてなすような感じでこちらに確認してきた。……。
そうは言われても、なかなか動き出せない俺。すると姉は、こちらの心中を察したのか再度微笑む。
「ご安心下さい。我々のリーダーより、貴方様を『丁重にもてなすように』との厳命を受けております」
「…分かった」
「ではー」
俺が意を決して了承すると、姉はおもむろにドアノブに手を伸ばした。直後、ドアのロックが外れドアが開いた。
…っ!?
ハッとして長瀬さんを見ると、いつの間にか彼女の手はコンソールの上に置かれていた。…とんだ催眠術だな。
「…ああ、彼女はちゃんと帰らせるのでご安心を。
それでは、ご案内します」
「…ああ」
俺は緊張しながら車を降り、姉の案内の元こじまんりとしたアパート…恐らくは彼女『達』の拠点となったその場所の一室に向かうのだった。
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