邂逅①

ー都内某所


 -春。それは、始まりの季節。それが、新たな出会いの季節。


 …なんて、世間では言われているがこの世に生を受けてもう25年経つがそんな経験は一度もした事がない。何かが始まった事も、出会いも。

 …まあ、要するにいい歳こいて未だに『卒業』出来ずにいる訳だ。もちろん、努力をしてこなかった訳ではない。


 …が、ただ俺には一つ精神的な問題があった。実は、異性に対してのみ反応するあがり症なのだ。…あ、別に仕事の時は大丈夫なのだか、仕事終わりで飲みに行った時やプライベートの時に偶然鉢合わせたりすると、どうして緊張してまともに話せなくなるのだ。


 だから、気付けばいつの間にか仕事の時以外は異性を避けるようになっていたのだ。…はあ、こんな事になるなら父さん達と揉めるんじゃなかった。そうすりゃ今頃は-。

「-おう、江口。おはよう」


 ふと、後悔の念に駆られていると後ろから声を掛けられてた。…はー、朝から彼女持ちに会っちまった……。

 内心憂鬱になるが、それを悟られないよう偽りの笑みを浮かべて振り返る。

「おはようございます。高杉さん」

 すると、そこには見るからにイケメンな先輩社員がいた。…ちなみに、彼の彼女は同期で一番人気の人だ。その際、同期の連中(男女共)はかなり荒れたらしい。


「あ、今日は頼んだぜ」

 そのまま一緒に歩いていると、ふと彼はにこやかにそう言った。…まあ、ただのイケメンだったり可愛いだけだったら騒動が発生していたかも知れないが、二人の性格(両方とも気配りの達人)を社のだれもが知っていた為(もしくは、俺のように助けられた事がある為)最終的に同期は涙を呑んで祝福していた。


 …まあ、それでも嫉妬はあるだろうから暗黙の了解として『絶対に顔には出さない』と決まった訳だ。…と、そろそろ切り替えよう。

 そろそろ会社が見えて来る頃なので、俺は今日の仕事を頭に浮かべる。

「…う、頑張ります」

 しかし、その途端に不安になってきた。何せ、今日俺がやる仕事は精神負荷が半端ない案件なのだ。


 そんな俺の背中を、彼は笑顔で軽く叩く。

「大丈夫だって。上役の人がいた時の練習でも滞りなく出来たんだから、自信を持てよ」

「…はい」

「-あ、江口さん。高杉さんおはようございます。…江口さん、どうしたんですか?」

 小さく返事をしていると、良く顔を合わせる別の部署の人が声を掛けて来た。彼は、俺の様子に首を傾げた。


「なに、今日の『仕事』でちょっと不安になってるだけだよ」

「…ああ。…えっと、頑張って下さいね。影ながら応募してます」

「…ありがとうございます」

「ほら、もうすぐ着くからシャキッとしろ」

 その励ましで少し緊張が柔らかいだその時、彼は前を向いた。…まあ、腹を括るか。

 俺は意を決し、彼の言う通り背筋を伸ばししっかりとした足取りで歩き出すのだった-。


 ◯


-社内・休憩所


 -………はぁ~。


 役目を終えた俺は、休憩所に置かれた一人用の

 柔らかいソファーでぐったりしていた。……いや、緊張したー。…ん?

 ふと、休憩所のドアがノックされた。…律儀な人もいるものだな。

 そんな事を考えていると、外にいる人物は再びノックしてきた。

「…どうぞ~」

「-やあ、失礼するよ」

 ぐったりしたまま返事をすると、とても良く聞き覚えのあるダンディーな声が聞こえた。…っ!?


 慌ててそちらを見ると、俺の部署の部長が入って来てた。

「…や、柳原部長、ど、どうし-」

「あー、まだ休んでなさい」

 直ぐに立とうとしたが、彼はやんわりと静止した。

「…すみません、お言葉に甘えさせて貰います(…びっくりした。いや、『びっくりさせないように』ノックをしたのか)」

 とりあえず言われた通り休み(やや背筋を伸ばして)、言葉を待った。


「…まあ、ここに来たのは労いの為さ。

 -今日はありがとう。君達のおかげで『入社式』は滞りなく行われた」

「……。恐縮です」

「…それじゃ、精神疲労が和らぎ次第戻るように」

「はい」

 俺が笑顔で返事をすると、彼は微笑みながら休憩所を出ていった。…本当に、良い上司に恵まれたな。出来れば今日入った新人達も…。…うん?


 そんな事を考えていると、ふと休憩所の内線が鳴った。…はあ、休憩は終わりだな。

 俺がここに居るタイミングで鳴ったという事は、部署で何かが起きたという事だ。なので、直ぐさま仕事モードに切り替え電話を取る

「はい、広報部の江口です。…あ、高杉先輩。…とりあえず、私は何をすれば良いですか?」


 すると、電話の向こうの彼は少し申し訳なさそうにしつつ起きた事態を説明してくれた。…それを聞いた途端、俺は頭を抱えた。

「…山口が体調不良で早退?病気とは無縁の健康オタクのアイツがですか?…てか、今日の懇親会を楽しみにしていつも以上に体調管理には気をつけてたハズですよ?先輩も、知ってるじゃないですか…。…なのにー」

 予想だにしない事態に、俺は混乱しつつ再確認した。しかし、彼は『自分も信じられない』と言いつつ間違いなく事実だと告げた。


「…マジですか?…て事は、彼が担当するはずだった懇親会後の帰宅誘導をやれば良いんですね?分かりました」

 俺の即答に、彼は『済まない。そして、ありがとう』と言った。そして、誘導チームの打ち合せ場所と時間を教えてくれた後、内線は切れた。…はあ、今日の帰りは遅くなるなー。

 ため息を吐き、バンカーに掛けていた上着を着て俺は打ち合わせに参加すべく休憩場所を出た。


「ーあれ、江口さん?」

「…あ、こんにちは長瀬さん」

 直後、進行方向の曲がり角から眼鏡を掛けたパンツスタイル姿のクールビューティーという言葉が似合う女性社員が出てきた。…今日もキリッとしているな。

「あ、今日はお疲れ様でした」

「…ありがとうございます(ほんと、業務中で良かった)」

 年上にも関わらず俺に敬語で労う彼女に、いつもより若干ドキドキした。……しかし、何故にこの時間にこんな所に居るのだろうか?


 一緒に歩ける事の幸運に感動するが、ふと疑問が浮かんだ。だか、その疑問は直ぐに彼女の口から出た。

「…もしかして、江口さんも『代理』ですか?」

「…『代理』?…ああ、帰宅誘導の件ですね。…まさか、長瀬さんも?」

「ええ。…今日担当だった同期の樋口さんが、急な家の事情で休んでしまって。そして、たまたま急ぎの仕事がなかった私が代理に選ばれました」


「…それはまた。…まあ、それなら仕方ないですね」

「はい。……?…あの、そちらは元々どなたが?」

 俺の言葉に反応した彼女は、ふとこちらを見た。

「(…っ!)…広報部では、私の同期で一番健康に気を使っている山口が体調不良で早退しました。…そして、比較的時間と量に余裕のある私に白羽の矢が立った次第です」


「…え、健康診断でいつも『完全健康体』と太鼓判を押される山口さんが早退?」

 彼の健康伝説は社内でも有名なので、彼女はとても驚いていた。…マジで何があったんだ?

「ー…おう、江口に長瀬。…ふむ、お前らが代理だな」

 若干不安を抱きつつエレベーターに乗ると、大柄な渋い中年男性が乗っていた。

「あ、田辺常務。こんにちは」

「…お疲れ様です。…あ、今回の責任者って…?」


「ああ。今回は俺が帰宅誘導チームの責任者だ。それはそうとー」

 ふとエレベーターが上昇を始めたその時、彼はゆっくりとこちらを見た。

「ー初めてにしては上出来だ」

「…あ、ありがとうございます」

 鋭い眼光に見られた事で緊張するが、出てきたお褒めの言葉にほっとしつつ頭を下げた。


「…それと、長瀬もだが今回代理を引き受けてくれた事感謝する」

「どういたしまして」

「…右に同じくです。…?あ、あのひょっとして他の方も代理なのですか?」

 ふと、基本この人がこういう場で社交辞令を言わない事を思い出したので、思い切って聞いてみた。

 すると、彼はため息を吐き頷いた。

「…本来参加するはずだったメンバーの内、半数が代理だ。…こんな事は、懇親会を導入してから一度も起きた事がない」

「…そうですか」

「……」

 大先輩でもある彼の言葉に、長瀬さんと俺はやや不安になった。


「…新人達の前では、そんな顔をするなよ?それに、不安なのは俺も同じだ。

 だから、申し訳ないが今回誘導メンバーは不足の事態に備えノンアルコールのみ可とする」

 …はあ、やっぱりか。

 例年だと、誘導メンバーの飲酒は2~3杯まではオッケーなのだがやはり慎重を期する為だろう。

「それに加え、いつもは女子の新人はグループ近所に住む者に道中まで送らせていたが、今回は誘導メンバー二人が家まで送る事になった。…担当と組分けは、ミーティングで伝える」

 気付けば、エレベーターは目的の階に着いていた。…二人組か。…まあ、あまり『期待しない』でおこう。

 そんな事を考えながら、長瀬さんと俺は彼に続いてエレベーターを降りた-。

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