第34話 鎧の青年



 

「見つけた! 君がロフレシアだろ? 」


 何処から現れたのか、奇妙な青年が姫様の脇に立っていた。

 人形の姫の正面に回り込む。


「ぶ、無礼な、お前など知りません! 」


 プイと顔を背ける人形の姫。

 青年は、ハーフと呼ばれる主に前面だけを覆った鎧を着ていた。

 兜は被ってない。

 腰には剣を下げている。

 後ろ側は背中にだけ金属プレートが革ベルトで付けてあった。


「なんで、とぼけるんだ? アルプロウスのおっちゃんが心配しるぞ? 」


「賢者さまが? 」


 私は思わず声をあげてしまった。

 

「ん、 お前、誰だっけ? 」


「あ…、えっと、ロフレシアは私よ 」


「へあ? え、なに? お前、人形じゃなかったの? 」


「無礼者! この者を引っ捕らえなさい! 」


 癇癪を起こした人形の姫が告げると城の兵が出てきた。


「おっと、もう少しだけ、話していいか? 」


 青年が広げた手を前に掲げる。

 透明な何かが兵士の行手を阻んだ。


「ここって、偉い人の家みたいだけど、ひょっとして、オレ、話の邪魔かな? 」


「たぶん、そうだけど、賢者様はなんて? 」


「ロフレシアを連れて帰るよう言い遣ってんぜ、 けど、なんか、取り込み中か? 」


「体と、心が入れ替わってるって、分かる? 」


「なんだそれ、 そんな事出来んのか? 」


「魔女にやられたのよ…… 」


「へぇ、じゃ、またやって、戻してもらえばいいだろ? 」


「その、魔女が出て来ないから、揉めてるのよ…… 」


「魔女って、アレか、皺々のヨボヨボのばあさんか? 」


「そうそう…… 」


 "隣の部屋に居る奴だろ?" と、壁に手を突っ込んで、ボロボロと崩れる壁から魔女を引摺り出した。


「何すんだい! おやめよ! 」


 火の玉を放つ魔女。

 それを腕で払い、吹き飛ばす青年。


「なあ、ばあさん、人形を元に戻してくんねぇかな? 」


「なんだい、藪から棒に! それが人にものを頼む態度かい? 」


「あー、そっか、 ばあさん年甲斐もなく、痛い目見ねぇと聞けないタイプだったりするのか? 」


「ふざけるのは、およしよ! 」


 火の槍を青年に向けてぶっ放す魔女。


「この手は、オレに通用しないって…… 」


 槍を掴むと投げ返した。

 魔女の、顔のすぐ横に突き刺さる火の槍。


「ひっ! 」


「ええと、ごめんな、すぐ済むからさ…… 」


 振り返りその場の全員の注目を集めているのに気付いた青年。

 手の平を縦にして、謝る仕草をした。


「あの者は一体…… 」


 軍国の護衛が私に聞いてくる。


「知り合いみたいです…… 私を迎えに来たとか…… 」


「それでは、殿下との婚姻は? 」


「この体を、元の持ち主に返してくれるみたいですから、心の戻ったカトリーヌ姫に交渉して貰えますか? 魔女もあの人には逆らえないみたいですし……」


 頷くラッセル。

 

「これでは、我らの出る幕もないようだか? 」

 

 騎士団長も魔女を手玉にとる青年を見て呆れている。

 

 2,3発、張り手をされて、魔女は言う事を聞く気になったらしい。

 鼻血が垂れている。

 老人虐待は心が痛むが、相手は魔女だ。

 遠慮は必要ない。

 今までの手の込んだ嫌がらせは、水泡に帰すだろう。

 

 突然の乱入者により、謁見の間は、白けた雰囲気に包まれた。

 王様も、魔女が命令されても大人しく従っている様子を見て態度が変わってきた。

 元の姿に戻ったら、娘を頼むとジュゲンズと話をしている。

 お后様は、怖い目に合っていたのか、魔女が居なくなると兵士に周りを囲むよう命じていた。


 別室に移り、アレが足りない、コレが無いと出来ないと、文句を言う度に魔女は、小突かれながら、魔法陣の用意をはじめた。

 青年は相手が年寄りであっても容赦ない。

 私と人形は、受肉の儀式のように魔法陣の上に横になった。

 青年が脇に立ち、魔女は呪文を唱え始める。

 こんなに大人しく従うとは思わなかった。

 

「お前、爺さんの弟子だったよな? 」


 青年に言われ魔女は顔を青くする。

 

「悪さなんかしてんなよ、 いい年して…… 」


「この年になるとな、老後の事を考えるんじゃよ…… 」


「なら、余計に大人しくしないとダメだろ? 」


「そ、そうかのぅ…… 」


 儀式を終えて、フラフラの魔女に説教する青年。

 一国の姫様を人形に変えちゃダメだろと、至極まともな事を言われるとぐうの音も出ない。

 次、悪さしてるの見つけたら承知しないと青年に脅され、カクカクて頭を上下させた。

 魔女は、逃げるように城から姿を消した。

 

 その後、青年は、元に戻った人形を背負って城を後にした。

 

 その場にいた国王をはじめ、軍国の皇子、護衛、教国のシスター、並びに白薔薇騎士団の面々は、皇子と姫の婚姻儀に立ち合ったらしい。


 魔女の悪巧みは、呆気ない幕切れとなった。

 噂通りの展開となり、軍国の皇子とカトリーヌ姫の婚姻の儀に沸く国の民。

 軍国との関係修復には、多少の問題はあるかもしれないが、誰もが望んだ結果なのだから、受け入れられるだろう。

 教国が身代わりの姫と交わした聖地の約束をと言い出したが、改めてジュゲンズとの交渉で、満足できる得てから引き揚げて行った。

 彼女らの持つ戦力は無視できない。

 味方につけておく方が利口と判断したのだろう。

 ジュゲンズは、早くも自分の足元を固める策を考えているらしい。

 身代わりの頃のカトリーヌと同じなのは見た目だけで、中身はただの甘やかされたワガママ姫なのに若干の失望を感じながら、それでもジュゲンズは前を向いた。

 国の頂点に立つ日は間違いなく近付いている。

 その後は魔女も何処かへ身を隠し高のように、鳴りを潜めた。

 小国の危機は去った。


 今年は麦の生育が良く、豊作だと聞いた。

 身代わりの姫が好きだったパンに焼いた肉や葉野菜を挟んで食べる料理を、また食べてみたいとジュゲンズは思うのだった。

 

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