第27話 曲り角


  入り口の扉がギィと、音をたて中央区第三位シスターのエレノーラ・ブレイアが入って来た。


 カラフセィカ軍国の護衛は無能らしい。


「まあ、エレノーラさん、食事中ですのよ? 」


「これは、失礼しました。大事な会議中に部外者が立ち入って無粋な真似を…… 」


 意味ありげに、微笑むシスター。

 

「時に、カトリーヌ姫、貴国に我がアリスト・ラテラス教会は幾つあるかご存知でしょうか? 」


「いえ、存じ上げません…… 」


「20と7ほど、建立させていただいております…… カラフセィカ軍国におかれましては、わずか7ほどしか許可いただけてません…… 」


「そうなのか、それは知らなかったよ 」


「はい、 教会とは、横の繋がりが太う御座います。情報においても、驚くほど集まるものでして、中には良からぬ噂話も少なくありません。

 魔女と事を構えるには、いち早い情報の入手と言うのは、軽視出来ないものですので…… 」


「なるほど、それは心強い限りだ 」


「我が教義のひとつに、偽りの中に真実無しと金言が御座います。 あと、小さな嘘から身を滅ぼした王と木こりと言う寓話もお勧めですわ では、失礼致しました…… 」


 聞かれてた。

 けれど、明からさまに問い詰めてくるわけでもない。

 "嘘はダメ" 彼女の国では、事あるごとにそれを気にする。


「目的が達成されるまで、この話は一切伏せておこうか 」


 ジュゲンズが場を纏めるように、そう告げた。

 もちろんこれ以上、蒸し返すような愚行を犯す者はいないと思う。

 

 食事のあと、あてがわれた部屋に戻る。

 夫婦の寝室だったとおぼしき部屋。

 とは言え狭い。

 馬車から降ろした荷物は積み上がったまま。

 優先度の高いものが上の方に積まれている。

 魔法鞄があれば、それひとつで済むだろうに。

 賢者様が、私に貸してくれた魔法鞄は魔女に取り上げられてしまった。

 リャクニーヤが魔断の剣入れにくれた小さな革袋も魔法鞄のように空間魔法のかかった魔道具だ。

 剣の他に靴や服など、着替え一式しか入らなかった。

 いつも肌身はなさず持つようにしている。

 いざという時のために。


 翌朝の食事もジュゲンズと共にした。

 本来はこうなのかもしれない。

 今まで、警戒して別にしていたとか。

 食事に毒を入れて暗殺なんて、一番やりそうなことだ。

 ひとつ、警戒が緩められたという証。

 当然、ジュゲンズと言葉を交わすようになる。

 

「もう剣を振るのはやめたのかい? 」


「いえ、やる間が見つからないだけですわ…… 」


「それもそうか…… 君のは珍しい流派と聞いたよ…… 」


「ご存知でいらっしゃるの? 」


「魔国では有名な流派らしい…… 」


「そうなのですのね 」


 きっとヴェラディ辺りの情報だと思う。

 護衛に他にも魔族がいたりするかもしれない。

 魔女の本来のアジトは魔国の首都だったから。

  先輩レンチェルに聞いて、朧げながら地理を学んだが、この辺りは大陸の西の果てらしく、魔国やエデールガル王国はずっと大陸の東側にあるそうだ。

 賢者様の元へ戻ろうとしたら、かなりの時間とお金がかかるだろう。

 姿もこんなに変わってしまい、戻ったところで、ロフレシアとは認めて貰えない気がする。

 まずは魔女を何とかしないと。

 追いかけられ、怯えながらでは、何処にも行ける気がしない。


 移動中は暇との戦い。

 こんな時でもジュゲンズは喋るようになる。

 今までもそれなりに、当たり障りのない話はあった。

 けれど、今のはちょっと毛並みが違う。

 王城の間取りや通路について、私に尋ねていた。

 ヴェラディが脇でカリカリとメモをとる。

 シスターエレノーラは、今日は白薔薇騎士団と共に歩くらしい。

 彼女の動向も気にしておくべきだ。

 やはり、手を引くなんて言い出したら困るでは済まない。

 その辺りはラッセル達も気にしているだろう。

 この集団は、歩く三国同盟みたいなものだ。

 元がバラバラなのに、利害の一致で一緒に居るようなもの。

 誰が抜けても全体が危うくなる。

 逆に、よく纏まったと褒めて欲しいくらい。

 そんな私達が向かうべき首都とは方向が違うらしい事が分かった。

 ラッセル達が慌てている。

 白薔薇騎士団と揉めているのか、なかなか戻って来ない。

 仕方ない、様子を見てこようとジュゲンズが馬車を降りる。

 私もついて行く。

 ヴェラディも後に続く。


「ジュゲンズ様、 この者達の言い分は、理解出来ません…… 」


「我々にとっては、重要なこと…… なぜ、理解出来ぬ? 」


 白薔薇騎士団長ロメール・シニョン様は怒った顔までも凛々しい。

 そもそもが、すれ違った商人のひと言が、騒ぎの元凶だった。


「首都ならもっと北に向かわないと、着きませんよ 」


 今向かう方向は、南にズレていると言う事だ。

 補給だなんだと先行するクォルティーガ教国の連中に任せたのが間違いらしい。

 このまま行くと、何処に着くかと言えば、あの "聖地" と呼ばれる池だ。

 "魔女との戦いに備えて女神様の加護を得る" とか都合の良いことを並べるが、要は聖地を見てみたいだけだ。

 この期に及んで観光名所巡りとは。

 観光ビザで、入国したのかと問うてやりたい。


「シスターエレノーラ、これはどう言う事かな? 」


 ジュゲンズは、それでも冷静に尋ねた。


「方角は大体合ってますので、多少の寄り道は目を瞑っていただかないと、我々、クォルティーガ教国の者にとって、 "聖地" は特別なものですので…… 」


「いえ、問題はそのようなことはありません、 予め説明してくれていたなら、私も反対などしません、 知らないうちに道を逸れていたと知ったら、誰でも理由を問うでしょう、 今、魔女の前に対峙した時、これで互いに信頼し合って戦えますか? 」


 ド正論を切々と説く第二皇子。

 さすがの中央区第三位シスターも反論は出来ず。

 それ見た事かとラッセルが溜飲を下げる顔で見ていた。


「しかし、互いに譲り合わなければ、ならない時もあるでしょう。今回は我々が目を瞑りましょう…… 」


 クォルティーガ教国側に貸しがひとつ、出来た事になる。それが彼女らに通用するかどうかは知らないが。


 商人が言いかけた言葉が気になるので、早く先を急ぎたいところだが、仕方ない。

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