第28話 池と罠



 「あの森へ向かう道だな…… 」


 レゲスタの町に着いたのは昼過ぎの事。

 クォルティーガ教国出身者が目当てにしている聖地ラライセィカの池は、現地では龍の水場の呼ばれていた。

 物騒な名前で呼ばれているのは、人里離れた森の先にあるからと言うのもあるだろう。

 しかも、森には魔物がいて、気軽に行けるような、土地ではないらしい。

 町からは歩いて小一時間で行けるらしい。

 けれど、教国人達は、すぐに、向かう事はなかった。

 翌朝、聖地に向かう為の準備に午後を使うと言いだした。

 お供え物でも買い集めるのだろうと、高を括っていたら、どうやら違ったらしい。

 白薔薇騎士団は鎧などの装備を磨きだす。

 他の者は一斉に洗濯をはじめる。

 下着から上着にズボンにマントまで、全てを干せる長い物干し場が急拵えで用意された。

 その光景は圧巻だ。

 忙しそうな彼女らを尻目に部外者の私達は、借り上げた民家に集まって、静かに過ごした。


 翌朝、早朝の水浴びの音で目が覚めた。

 寝巻きなのか、白いワンピース姿の教国人達は、シスターエレノーラの前に1人ずつ進み出て、桶1杯の水を跪いて頭から浴びせられる。

 私が思っていたのは全然違った。

 彼女らにしてみれば、かなり重要な出来事なのだろう。

 前世でも聖地巡礼に大挙して集まる宗教もあった覚えがある。

 教国内にいたら、普通では来れない聖地に訪れる機会を得られた訳だから、その意気込みがそのまま、この一種異様な雰囲気となって現れているように感じられた。

 

「では、参りましょう 」


 白薔薇騎士団長とシスターエレノーラが揃って私達を迎えに来た。

 団長の鎧は仕上げの油まで塗られテカテカと光を反射して眩いほど。

 シスターエレノーラの衣装も普段より飾りが多く、上から被るポンチョのような紅い布地が特別感を煽るかのよう。

 

 本当なら教国の人たちだけで、心置きなく聖地巡礼して貰いたいところだ。

 けれど、ここで二手に別れては、いたずらに危険を増すだけだ。

 常に纏まって行動すべきと軍国側の護衛の意見を尊重して実行に移した。


 よりによって馬車が通れるほど道幅は広くないらしい。

 前後を白と赤に塗り分けられた鎧の集団に挟まれて、野道を行く。


「な、なんだ貴様ら! 止まれ、とまれ!」


 前の方で男の声がする。

 すぐに私が呼ばれた。

 後にはメイド姿のヴェラディもついてくる。


「聖地巡礼など話は聞いておらんぞ! ちゃんと上に話は通したのか? 」


 警備の兵は、2人いた。

 装備は一般的な皇国兵のそれ。

 いきなり大挙して現れた見知らぬ集団に警戒するなという方が無理だ。


「教国との協定の定めるところにより、警備の任に就いている者ですか? 」


 私の姿を見て、固まる警備の男。

 

「カトリーヌ姫殿下でごさいますか? どうしてこのような辺境の地に? 」


「訳あって、内密に王城に戻る途中です。 教国の騎士達に護衛を頼んでいます。

 彼女らの、希望で聖地巡礼とやらの許可をしたのは、私ですが、何か不都合がありますか? 」


 「い、いえ! 失礼致しました! どうぞ、お通り下さい! 」


 脇にどいて直立不動になる警備の男。


「貴殿の判断に感謝する…… 」


 ロメール・シニョン団長は、すれちがいざまに警備の者に声をかけた。

 まだ、森の手前。

 こんなに遠くで警備をしている意味があるよかと思うが、森からは魔物が出るし、警備どころではなくなるのだろう。

 ガサガサと葉音をさせて犬の魔物が森から飛び出してきた。

 白薔薇騎士団の前では、役不足だったらしい。

 2人の騎士が駆けだすと、五匹もいた魔物を斬り捨てた。

 

 魔物の襲撃は2度ほどあったが、どちらも大した事にはならなかった。

 それより、下草も刈ってない道を進む方が、よほど苦労する。

 スカート姿の私やシスター、メイドは、服装を間違えたと気づいても遅い。


 ようやく、目指す池に、辿り着いた。

 草刈りからはじめないといけない有り様には、ガッカリだ。

 荒らされてはいないものの、自然に戻りかけているのは、どうかと思う。

 折角キレイにしてきた鎧も草刈りですっかり汚れがついてしまっている。

 池の前に列を作って並ぶと、教国の人達の儀式がはじまった。

 シスターエレノーラが前に立ち、池を背にして女神を褒め称える言の葉を告ぐ。

 他の者は片膝をつき、頭を垂れて、胸には手を当ててそれを、聞いていた。


 私達はその様子を少し離れて見守る。


「あ…… 」


 シスターエレノーラが、いきなり倒れた。

 見るとヴェラディも顔色が悪い。

 そんなことを気にしていた私も倒れてしまった。

 足に力が入らない。

 足だけではない、腰も腕も上がらない。

 ジュゲンズが私を抱き上げる。

 その後ろにラッセルが立ち抜剣する。


 首と目だけは動いた。

 ヴェラディも近くに置かれたようだ。

 私は近くの影に覚えのある感覚を感じた。


「しゅうげき…… あの影…… 」


 森の木の影が護衛の影に重なっている。

 ラッセルがその影と私達の間に出る。


 ーーーキンッ!


 甲高い金属音が鳴る。

 剣を持った腕が影から生えてきた。

 ラッセルが剣を出しその攻撃を止める。

 と、間髪入れずにその腕を掴んで引き揚げる。

 なんという怪力。

 ズボッと影から引き抜かれたのは見覚えのある女の顔だった。 

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