第17話 第二婦人



 第二婦人はリャクニーヤと言う。

 彼女は獣人族だ。

 頭に耳を生やし尻には尻尾を生やした獣人。

 鍛えれば天井知らずに強くなると、言われていた。

 元々、戦士の里と呼ばれる片田舎の小さな村の出身だった。

 立身出世の物語はまた別の話となるが、彼女はカラフセィカ軍国の騎士団に入るきっかけとなったのが、当時、騎士団の紅一点と謳われたシュオンディ様だった。

 女として、騎士団の副団長まで上り詰め、世の女性達の憧れの的だった。

 ご多分に漏れずリャクニーヤもそのひとりだった訳だ。

 何人かの女性が騎士団入団の狭き門に挑んだ。

 彼女の同期にあと2人、女性合格者がいた。

 しかし、外から見る華々しい騎士団とは、男社会そのものであり、女である時点で彼女らに出世の道は閉ざされていた。

 毎日。下働きのような雑務に追われ、セクハラのよう男性団員からのからかいが、連日続いた。

 下着姿で掃除をするよう指示されてり、性的サービスを露骨に要求する上司も、珍しくなかった。

 シュオンディは、その全てをこなして、団員の半分以上と肉体関係を持ち、出世の足掛かりかとしたそうだ。

 その話を聞いたときの衝撃は、忘れられなかった。

 同期の娘達は、貞操の危機に、耐えられず、団を辞めていった。

 体も許さず、雑務に追われるリャクニーヤがのし上がって来れたのは、唯一、実力を付けて来たからに他ならない。

 とにかく強くなりたかった。

 誰の目にもハッキリ分かる実力を示してきた。

 生意気だと複数人に慰み者にされそうになったが、実力でそれを跳ね返した。

 女も剣を持てば男に負けない。

 そう信じでやってきた。

 その剣で負かした暗殺者。

 しかし、この娘に未来はない。

 証拠を掴み次第捕らえられ、第一皇子ゼルマークの慰み者にされると話はついている。

 この娘の死体を送りつけ、ル・アドゥフーリカ皇国へ、宣戦布告とすべきと、第一婦人のマーガルータの鼻息は荒い。

 大義はこちらにある。

 不義理をしたル・アドゥフーリカ皇国に情をかけるべきでない。


「まあ、良く聞け…… お前にはずっと監視がついている。今はあのルクリアだけだが 」


 扉の近くに立つ側使いをチラと見る。

 確かにこの稽古場のを出入りは全てチェックしているようだ。


「死にたくないなら、私に寝返れ、仕事を一つくれてやる。断わりたいなら、それでも構わない 」


「仕事ですか? 」


 正直受けたくない。

 どうせ、最後は口封じに殺されるに決まってる。

 魔女と言い、第二婦人と言い、人を捨て駒程度にしか思ってないのだ。

 私の価値は、その程度と言うことか。


「ジュゲンズを連れて国へ戻れ。そして、結婚して皇国を継げ 」


「けど、それでは魔女が…… 」


「魔女が邪魔をするか…… 魔女の始末はお前がしろ…… 出来るか? 」


「分かりません。 魔女は魔法を使いますから…… 」


「なら、これを使え…… 魔断の剣だ…… 」


 中途半端な長さの剣を渡された。

 片手剣より更にひと回り短い剣。

 魔断と名のつくからには、魔法が切れるのだろうか。

 第二婦人の魂胆は分かりやすくて助かる。

 第一皇子ゼルマークには、カラフセィカ軍国を、自分の子第二皇子ジュゲンズにはル・アドゥフーリカ皇国を継がせたいのだ。

 母が子を思う気持ちは何処でも一緒。

 

 「分かりました…… 」


 はじめから私に拒否権なんてない。

 今、ここで捕まるか、第二婦人の手引で国から逃がして貰うかだ。

 その日の夜に馬が用意された。

 4頭の馬が王宮の敷地から飛び出した。

 私、ジュゲンズ、他、護衛の2人が馬を駆る。

 一国の皇子にしては、護衛の数が恐ろしく少ない。

 隠密行動だからだろうか。

 それとも第二婦人の力がこの程度なのか、私には、分からない。


 そもそも、何故人形の私に受肉させお姫様の代わりをさせたのか不思議だった。

 そんな手の込んだ事をしなくても、人を操るぐらいの、魔法や魔道具はあるだろうに。

 まず魔道具は無理なのは分かる。

 身代わりとして登城した私は、一度丸裸にされ、体中を調べられた。魔道具の類はこの時、見逃されるはずがない。

 そして魔法については、たぶん、定期的に掛け直す必要があるとかではないだろうか。

 となると、魔女は私の近くに常にいなくてはならない。

 遠くから糸を操るように部下に指示する魔女が、根城から出てくる回数は少い方が圧倒的にいい。

 だから、人形を配下にしてから、受肉させ、絶対に逆らわない身代わりを作り上げたのだろう。

 となると、今、魔女の命令に背いて暗殺もせず、勝手に国に戻ろうとする私は、魔女の指示を聞かない状態だと分かってしまう。

 手足を縛られて、無理矢理連れられてるなら、言い訳も立つが、自ら馬を駆るこの姿では、それも無理か。

 護衛を入れてもたった3人。

 この程度の戦力で無事に王城まで辿り着けるだろうか。

 うん、無理。

 答えは出た。

 しかも、夜はまずい。

 闇伝いに魔女の手下が暗躍する時間だ。


「ちょ、ちょっと待ってください 」


 私は馬を停めさせた。


「どうかしたの? 」


 ジュゲンズが心配そうな顔をする。

 私が暗殺者であることは、王と婦人達の3人しか知らされてないらしい。

 彼の前では、私はお姫様のままでいないと。


「ちょっと、お花を摘みに…… 」


「ああ、護衛も忘れずつけるといいよ 」


 すぐに察してくれるのは助かる。

 首都から出て、草原に転がる大きな岩の影で私は、しゃがみながら、考えに、集中した。


「このまま国境まで馬で行くのですか? 」


 馬に戻る前に聞いた。

 こたえたのは護衛のひとり。


「次の町にて、馬車に乗り換えます。

 息のかかった商人に用意させました 」


「それなら、よかったですわ…… 」 


 馬は辛くてと言わんばかりに、頬に手を当て首を傾げる。

 お姫様に馬での長距離移動は、辛くて当たり前。

 先触れではないが、先行して用意する係の者もいるらしい。

 意外と考えられているようだ。

 思ったより簡単に行きそうな気がするけど、油断は禁物だ。

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