第15話 王族と剣



「あ、あの…… 」


 気持ち悪い。

 ゼルマークの粘つく視線は私の顔の下から離そうとしない。


「お、お元気そうで、何よりですわ…… 」


 絞り出すように言葉を紡いだ。

 握った手の平を振り上げたい気持ちを全力で押し留める。


「親父殿もさっさと話を進めればいいものを、待ち遠しくて仕方ないだろ? 」


「この国のしきたりに従うだけですのよ…… 」


「迎えを行かせるから、今夜でも部屋に来ないか? 」


「い、いえ、それは…… 」


 暗殺の勧誘でしょうか。

 潔いことで、感心です。

 しかし、罠とも、限りませんし。

 

「ジュゲンズ! 何をしている? 」


 そこに、助け舟が入る。

 獣人のお后様だ。


「まだ正式な顔合わせの前、立ち話とは感心しませんね…… 」


「い、いや、たまたま会ってしまっただけだぞ、 な、ジュゲンズそうだろ? 」


「はい、お兄さま…… 」


「では、カトリーヌ殿は、お部屋へ、 宮中内でも側使いを常に連れておかれると良いかと…… 」


「そう致しますわ 失礼します…… 」


 良かった。

 ゼルマークの視線から逃れると呼吸が楽になる。

 きっと、あの目は魔眼で、ヘイトを集めているに違いない。

 私は、ツカツカと歩みを止めず部屋へと向かった。


「ゼルマーク様ですか…… 」


 王との謁見を終えたら、廊下であの兄弟が待っていたと告げると、側使いのシレイユは難しい顔をした。

 

「いざと、なりましたら、私の貧相ですが、体を張ってでもお守りしますから…… 」


 え、ちょっと待って。

 "体を張っても" は分かるが、"貧相" の意味が分からない。


「えっと、それはとう言う……? 」


「第一皇子様は、とても女癖が悪くていらっしゃいまして…… もう既に片手では、足りない者が身籠ってて…… 」


「はあああぁっ!?」


 思わず、はしたない声が出てしまった。

 最低男だと、思っていたら、史上最悪最低だったらしい。

 ザ、女の敵、だ。

 歩く穴明き避妊具。

 さ迷えるXY染色体。

 早く殺菌しなければ。

 こうしては居られない。

 私は、すっくと立ち上がり、黒装束の入った棚へと手を伸ばした。


「あ…… 」


 余りの事に前後不覚に、陥ってしまったらしい。

 あの男だけは、許せない。

 何か懲らしめてから、殺してやりたい。

 出る度に激痛に苛まれる呪いとか、かけてやりたい。

 それとも、大きくしたら、出血が止まらなくなる魔法とかはどうだろう。

 それこそ、行為どころてはない。

 魔女なら、そんな魔法も知っていそうな気がする。

 ゼルマークだけはだめだ。

 あんな男の妻になったら、何人子供を産まされるか分かったものではない。

 王族は大家族なんて、取材が来てしまいそうで怖い。

 それでも、まだ子作りを止めない夫に苦労させられてます……。

 そう、インタビューに答える私。

 暗黒の未来しか描けない。

 せっかく得た肉体だ。

 あんな男に、汚されてなるものか。

 私は、ぎゅっと手を握る。


「シレイユ、剣を…… 」


「はい、カトリーヌ様…… 」


 闘技場は普段は閉まっており、使用されてない。

 しかし、控室に隣接する稽古場は、使用可能となっていた。

 他にも剣を振れる場所はあるが、王族である私が周りの目も気にせず剣の稽古をできる場所は、限られている。


 動き易い服に着替えて剣を振る。

 稽古場は全部で、4つある。

 他の3つは使用中らしく、管理室に鍵がないそうだ。

 それなりの身分の者が利用していると思って間違いないだろう。

 稽古場には人に見立てた丸太が、立ててある。

 希望すれば、中古の鎧に替えてくれるそうだ。

 待つ時間が勿体ないので、丸太に向かい剣を振る。

 剣は剥き身の真剣。

 ザリザリと丸太が削れていく。

 心臓の位置に突き刺し、柄を持ち捻る。

 強烈な足払いをして、へし折ってしまった。


 シレイユが息を呑む。


「これ、大丈夫かしら? 」


「言えば新しいのに、替えて貰えます…… 」


「じゃ、お願いしようかしら…… 」


「はい、お待ちを…… 」


 稽古場から駆けて行くシレイユ。

 少しだけ気が晴れた。

 まだまだ本気ではないが、身体強化の魔法を少し使うだけで、丸太は折れた。

 次は魔法でスカッと爆散させてしまいたい。

 けれど、シレイユの目があるし。

 今日は止めておくことにした。


 係の者が丸太を、回収して新しいものに入れ替える。

 その様子を見ていた。


「シレイユ、誰か相手をしてくれる人っていないのかしら? 」


「相手で御座いますか? 未婚の男女が剣を交えるのは控えるものて、されておりますので……」


 となると、相手は女性しか居ない。

 相手の都合もあるだろうし、その辺りはシレイユに任せることにした。

 きっとそっち方面に明るい誰かに相談するのだろう。

 私が直接聞くよりよほど話が通りやすいだろう。

 怪我をさせたら大変とか、すぐに横槍を入れられるのは、目に見えている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る